財閥御曹司は、深窓令嬢に一途な恋情で愛し尽くしたい。



 表に出たことがないから知らないところで『深窓の令嬢』と呼ばれてるんだし。今までだって、誰かと会う機会なんて、お母さんが生きていた時のパン屋さんしか……パン屋さんででも、そんなに話す人は、いなかったはず。


「……会社近くで会った」

「会社、ですか?」

「パン屋【ラ・ムール】」


 それはお母さんとお母さんが亡くなる前まで一緒にやっていたお店の名前だった。


「……っえ? なんで、その名前」

「俺は、ほとんど毎日そこに通ってた。そのころは御曹司っていう身分隠してさ御子紫製菓で一般社員として働いてたんだけど、甘やかされて育ったからミスばかりでね。そんな時、すごく大事な取引先に失礼なことしてしまって一緒に先輩と謝りに行ったんだよね。その後、先輩が美味しいパン屋があるって言って連れて行ってくれたのが【ラ・ムール】だった。そこで初めて愛百合ちゃんに会ったんだ。すごく可愛くて……一目惚れだったんだ」

「ひ、一目惚れ……!?」

「うん、一目惚れ。それからほぼ毎日、通った。閉店のその日まで」


 ほぼ毎日……通ってくれたスーツの人。
 でも、百々瀬って言ってた。苗字が違うよね。雰囲気も違うし……


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