財閥御曹司は、深窓令嬢に一途な恋情で愛し尽くしたい。
「葵さんって、苗字はなんて名乗ってましたか? その時も、御子紫ですか?」
「いや、御子紫じゃない。母の旧姓の百々瀬を名乗ってた」
「百々瀬さん……わ、私覚えてます。百瀬さん。いつも、クロワッサンとメロンパン。それからロールパンを買ってくれた方ですよね」
「え、……うん。確かに買ってたかも」
葵さんはとても嬉しそうに、まるで花が咲いたように笑った。そして「覚えててくれたんだ、嬉しい」と言った。
「そんな頃から私のことを、本当に……好きでいてくださったんですか」
「そう。気持ち悪いかもしれないが……閉店して君の行方を聞いても知らないと皆が言っていて探したんだ。またもう一度会いたくて。想いを伝えたかった。それで、旧華族の槻折家に引き取られたと聞いた。すぐに会いに行こうと思ったが、まだ平社員だった。ただ、財閥の御曹司だけの肩書きがある俺が縁談を出したところで旧華族には到底敵わん。だから、自分の足で立ちそれ以上になってから迎えに行こうと思っていたんだ。愛百合ちゃんが辛い思いしてるとは思わなくて……遅くなってしまった」
そう言って葵さんは頭を下げた。そんなこと気にしないでいいのに、それに、私を必要としてくれている人がいたのだと思ったら今まで耐えてきたことがなんだか、報われる気がした。