シテくれないわたしの彼氏~モンスターバトル~
 その日はバイトが休みだったので彼の家に行って、彼考案のラインセラピーを銘打った遊びをする。
 彼は一枚のページに紫の色鉛筆で線を引いていった。

「村瀬さんも引いて」
 と言うので、訳も分からずにピンクの色鉛筆で線を引いていくと、彼が私の描いた線の上に紫の線を足していく。
 私の動きを追うように、ついてくる。

 児戯のようだったけれど、線の上の戯れだけが岸井の本心のような気がした。
 顔を見上げると目が合う。
「あ、これはいかん」と思い顔をそむける。
「キスしたいかも」と思った。彼は何も言わず、私の行動を受けとめるだけの瞳をしていた。

「キスしちゃだめ?」
 と聞いたら、
「したあとで、誰かに責められたら、どう説明すればいい?」と逆に聞かれた。

「ぶつかっちゃった、とか。あとは接触セラピーだったはどう?」と私は聞いてみる。

 彼は眉を寄せて、「あまりいいアイデアじゃない」と言って判断に迷うというような顔をしたけれど、拒否ではないと思った。
 私はそっと顔を寄せて、その薄い唇にキスをしてみる。
 正真正銘のファーストキスだ。

 皮膚が触れただけ、そう思ったけれど、甘い匂いがした気がして、もっと触れたくなってもう一度した。彼の長い睫毛が頬に影を作るのを見て、まずい!と思う。押しすぎてひかれたかもしれない。

「ごめんなさい、調子に乗ったかも」
 私の言葉に彼は目を丸くする。いや、と吐息まじりに言って、スケッチブックに視線を落とした。
 私もスケッチブックの線に集中して、紙の上で彼と遊ぶ。

 いろいろな絵を描いて、書き足して、線で戯れる。夢中になって遊んでいるうちに、タイマーが鳴った。ラインセラピーはおしまいになる。

 彼とキスをしてしまったのは、少しだけ前進と言える。

 でも同時に、私は自分の中にある「したいかも」の欲に気づいてしまった。
 ピュアピュアな関係に、少し澱みが出た気もする。
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