魔力なし悪役令嬢の"婚約破棄"後は、楽しい魔法と美味しいご飯があふれている。

19

 嬉しい、久しぶりにシエル先輩と過ごせる。 
 今日の夕食の親子丼をトレーに乗せて、店を施錠したあと、二階の自分の部屋に先輩を案内した。

 先輩は仕切りに、俺は男だと言っているけど、今日は聞こえない振り。

 ーーだって、会いたかった。

「早く、先輩こっちです。あ、暗いので足元には気をつけて、階段をのぼってください」

「おい、ルー、そんなに急ぐなって」
「大丈夫です。シエル先輩、早く」

 部屋の鍵をあけた。

「ここが私の部屋です」

 先輩は玄関で部屋の中を見回し、一息つくと「……お邪魔する」と入ってくる。

「いらっしゃいませ、シエル先輩、子犬ちゃんの座布団はコレね。水出し紅茶持ってくるから、好きなところに座って待っていてください」

 夕飯をテーブルに置き、冷やし庫から作りおきの水出し紅茶を持ってくる。窓を開けたり、次は? と動こうとする私を先輩は止めた。

「ルー、少しは落ち着け」

「落ち着いてますよ。いま、お茶菓子だしますね」

「…………」

 タンスの前に座り、一番下の段を引っ張り出した。この中には私の好きなクッキー、ビスケット、チョコと、港街のお菓子問屋で見つけた、珍しいお菓子で詰まっているのだ。

「また随分と、ため込んだな」

「そうですか? これでも少ない方です……あ、これ、先輩みてください。この国にはない珍しいお菓子なんですって」

 港街のお菓子問屋でみつけた、花柄のクッキーを見せながら自信満々に言うと。先輩も気になったのか、タンスを漁る私の横にしゃがみ込み覗いた。

 先輩はラングドシャを手にとり。

「お、俺、この菓子好き。あ、これも」

 私が手に持っているカゴに入れていく。先輩が選ぶお菓子はラングドシャ以外、ここから遠い国のめずらしいお菓子ばかり。

 ーー先輩も、甘いもの好きだものね。

「フフ、私もこのアーモンドクッキー好きです。このキャラメルもチョコも」

「キュッ、キュッ」

 私達と一緒にお菓子入れをのぞく子犬ちゃん。

「なになに、子犬ちゃんはこれがいいの? こっちも?」

「子犬、食べ過ぎだ」
 
「キューン」

 タンスの前に並んでお菓子選びを楽しんだ。







 先輩、子犬ちゃんと楽しいおしゃべり、作りおきしていた、水出し紅茶は切れてしまい。

「先輩、水でもいい?」

 と聞くと。
 
「いいや、紅茶は俺がいれよう」

 とかえってきて、先輩が床をトンと床を叩いた。すると床に魔法陣が浮かびあがり、カシャンと音を出してティーセットが目の前にあらわれた。

 ーーこれって、シエル先輩の魔法!

 私は魔法に心を奪われ先輩の隣に座る、その姿にシエル先輩は笑い。

「あいかわらず、魔法が好きは変わらないな」

「そう簡単に変わりませんよ。魔法好きはシエル先輩もでしょ?」

「ククッ、ルーの言う通りだな」

 先輩がパチッと指を鳴らせば、ポットとティーカップはプカプカと空中に浮いた。

「浮いたわ。ハァ……いつみても、すごい」

 もう一度、指をパチンとならせば、ポットから温かい紅茶が浮いたままのカップに注がれる。カップに紅茶が注ぎ終わると、先輩はそのカップを手に取り。

「ルーは砂糖とミルク、レモンどれが欲しい?」

 と聞いた。

「私は砂糖なしで、レモンが欲しいです」

「レモンだな、分かった」

 輪切りのレモンを魔法でだして、紅茶の中に落とした。他の空いているカップにも紅茶を注ぎ、自分の前と子犬の前にも紅茶を置いた。

「え、シエル先輩?」

「ん、どうした?」

「キュ」

「いただきます」といったのか? 子犬ちゃんはペロペロ、カップの中の紅茶を舐めはじめる。

「うそ、子犬ちゃんが紅茶を飲んでいるわ」

「普通、飲むだろう?」
「……先輩、普通の犬は紅茶飲みませんよ」

「そうなのか?」
「そうです」

 子犬ちゃん、はじめはペロペロ可愛く飲んでいたのに、ティーカップに顔を突っ込みガブガブ飲みだした……なんで、豪快な飲みっぷり。

(やっぱり、子犬ちゃんは誰かの使い魔か、召喚獣……なんだ。飼い主さんは魔法使いか、召喚士ね)

「ルー、なに、ニヤニヤしてるんだ? 紅茶が冷めるぞ」

「……は、はい、いただきます」

 一口飲むと、口いっぱいにレモンの香りが広がった。私のとは違い、茶葉もいいところのなのだろう、先輩のいれる紅茶はいつでもおいしい。

「美味しい、ありがとう先輩」

 それに、心がほんわか温まる。このレモンティーに合うお菓子は甘めのパイがいいかな? クッキーも捨てがたい。

「キュ」

「なんだ、どの菓子を取るんだ」

「キュ、キュキュ」

 私がとろうとしたリンゴのパイのお菓子を、子犬ちゃんは前足でカゴをさし、シエル先輩に取ってもらい。そのパイを器用にかじっている。  

 ……りんごのパイ。
 
 次はチョコクッキー、お煎餅とお菓子が子犬の胃袋に消えていく。

「まって、子犬ちゃん食べ過ぎ、それは私のクッキーです」

「キュン?」
「ルー?」

 子犬ちゃんが紅茶を飲んだとか、お菓子を食べたとか、どうでも良くなり必死に止めた。

「一人で、ぜんぶ食べちゃダメだよ。みんなで食べるの」

「ククッ、ルーの言う通りだ。ベルーガはすこし遠慮したほうがいい」

「キュ、キュン」

(あれっ? いま、先輩は子犬ちゃんのことを"名前"と呼んだ?)

 先輩は魔法使いだから、知っていてもおかしくないかな。

「ねえ、ベルーガって子犬ちゃんの名前? 先輩は飼い主さんを知っているの?」

「あ、いいや……今日、魔法屋で仲良くなって……名前を聞いたんだ」 

「そうか……きみの前はベルーガって言うんだ。よろしくね、ベルーガ君」
 
「キュン」

 返事をかえす子犬を見つめると、目の前にモヤのようなものが掛かり、肌にピリッと痛みが走った。

 ーーいたっ、いまのは、な、何?  

 その、モヤが晴れてくると子犬の体に何か、紋様なものが浮かび上がって見え、それに触れようとした。

「なに、黒い魔法陣? ……なにこれ?」

「ルー、それに触るな、見るな!」

 シエル先輩がいきなり声を上げて手を掴み、私の目を両手で覆い魔法を素早く唱えた。

「シエル先輩? いきなり魔法を使ってどうしたの?」

「いや、あのな……子犬を魔法で止めようとしたが。いま、ルーのどんぶりに顔を突っ込んだ……」

 どんぶり?

「それって私の夕飯! 待って食べないでぇ」

「すまん、あの勢いは俺には止められん」

「……そんなぁ」

 しばらくして、シエル先輩の手が離れて見えたのは……空っぽの丼と、お腹いっぱいにして、幸せそうに床に転がる子犬の姿だった。
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