魔力なし悪役令嬢の"婚約破棄"後は、楽しい魔法と美味しいご飯があふれている。

27

 先輩との楽しい時間ーーあ、っと私は気がつく。私と先輩はお弁当を食べたけど。先輩の弟さんと子犬ちゃんにお弁当を渡してない。

 作業机に置いておいた弁当を見ると、2人のお弁当箱は消えていた。

「先輩、そこに置いてあった、お弁当を知らない?」

「その弁当なら、さっきラエルと子犬に届けたよ。ルーの好きな魔法でな」

「え、私みていない……」
「クク、残念だったな」

 ーーもう、意地悪な先輩に戻ったわ。




 さてと、と。シエル先輩は立ち上がり、脱ぎっぱなしのクローゼットの前に移動すると、おもむろにシャツを脱ぎはじめた。

 あらわになる肌に、ソファーでのことを思い出す。

「ファ? せ、先輩、い、いきなり脱いで、どうしたの?」

「ん? いまから、ルーを探しに東の街へ向かう予定なんだ。かなり面倒なんだが、俺がいかないと後が面倒になるんだ」
 
 だけど、抜け目のない先輩は魔法を使い。
 私らしい人を東の街で見かけたと、嘘の情報を流した。その報告を騎士から受けた、カロールは捜索隊を組んだのだそうだ。

 ーーいまは税金を国に納める私からいうと。こんな事のために、大切な国民の税金を使わないでほしい。

「ねえ、先輩。カロール殿下はじきに皇太子になるのでしょう? 執務だとか、隣国とのやり取りだってあるはず。「いい加減にやめないか!」とか、国王陛下と王妃様は何も言わないの?」

 婚約者だった頃。王妃様はとくにカロール殿下と、私の教育に厳しく、熱心な方だった。

「いくら言っても殿下が話を聞かないらしい。自分の非を認めーーやることはやって、自分の金を使って動いているからか、キツくいえないんだとか……一人息子だし、甘くもなる」

 甘いか……ゲームの設定か、王妃を愛してやまない国王陛下は側室を迎えていないから。この国に王子はカロール殿下しかいない。



 先輩は新しいシャツとズボンに着替え、その上にローブを羽織ると首に何か付けた。いま、先輩がつけた首輪も気になるけど……それよりも。

「さっきから、俺をじっくり見てどうした?」

「せ、先輩の胸の傷を、みた……」


 ーー胸に広がる赤黒く、大きな傷。


「これか? これは、子供の頃に付いた火傷の痕だよ」

「火傷の痕? それにしては大きかった……先輩、痛くない?」

「俺を心配してくれているのか? 嬉しいな、この傷は子供のときのだから、すでに治療をして治っているよ。おっと、集合の時間だ、ルー行くぞ」

 と、ローブ姿の先輩は私に手を差し出した。

「私もついて行ってもいいの?」

「こんなところに、ハムスター姿のルーを一人で置いていけない。なんなら、弟と子犬をここに呼ぶか?」

「ううん、大丈夫。私も着いて行くわ」

 ピョンとジャンプして、先輩の手に飛び乗った。

「じゃ、決まりだな。俺のフードの中でしっかり隠れてろよ。あいつに見つかると、色々と面倒だからな」

「わかった」

 もそもそ動き、先輩のフードの中に潜った。




 シエル先輩は研究室を施錠して、場内を歩き、離れの馬車置き場に向かった。着いた馬車置き場、私はフードの中で唖然とした。

 そこに準備されていたのは、カロール殿下の愛用の馬車。ほかにも騎士が数人乗れる荷馬車が一台と、馬も数頭、準備されていた。 

 殿下の黒塗り馬車だけでも目立つのに、鎧を身につけた騎士が7名、魔法使いが3名、シエル先輩、殿下の側近とカロール殿下がいた。

「もしかして、この大人数で私を探しに行くきなの?」

「あぁ、毎回、この人数だな」

 こんなの、ほんとうにお金の無駄だ。早く私を探すのをあきらめて。このお金でリリーナと、豪華な結婚式を挙げればいいのに。


「珍しく、時間どうりにきたな。さっさと乗れ」

 殿下は、先輩が馬車に近付いたことが分かったのか、窓を開けて先輩を急かした。ハァーとため息を吐き、カロール殿下と同じ馬車に乗り込み、反対側に腰を下ろした。


「準備が整いました。カロール殿下、発車いたします」

 側近は扉を閉めると、御者の横に座り合図する。馬車はゆるやかに動きはじめた。



 ローブの影から覗くと、久しぶりにみた彼は少し痩せているように見えた。だけど、彼を見ても何にも感じない。

 あの日私は。彼の瞳をみて「お慕いしておりました」と、最後の言葉に出会った頃からの全て込めたのだ。


 ーー好きだった、あなたとお別れした。


 それに、いま私には好きな人がいる。

 会いたいと願い、ガリタ食堂で久しぶりに出会って、私がシエル先輩に恋をしているのだと、わかった。

 こっそり、フードの中から先輩を見つめた。先輩は疲れているのか、目を瞑り眠っている。その姿を近くで眺めたくて、首元に移動した。

(ほんとうに寝ている。先輩の寝顔なんて、久しぶり見たかも、フフ、可愛い)

 その姿をしばらく眺めて、馬車の揺れと先輩の規則正しい寝息に"ふわぁっ"と、欠伸をして、そのまま目を瞑ったら寝てしまった。
 
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