魔力なし悪役令嬢の"婚約破棄"後は、楽しい魔法と美味しいご飯があふれている。

32

「シエル、明日は休みにする」

 カロールは城に着くとそれだけ言い。労いの言葉もなく、自分の護衛騎士、側近を引き連れて自室へと帰っていった。その後ろ姿を馬車着き場で見送り、先輩は肩に乗るわたしに話しかけた。

「ルー、書庫によってから魔法屋に行こう」

 夕方過ぎ、書庫の入り口には明かり用と訪れた人用にランタンがかけてあった。先輩はそのランタンを使うことなく、魔法で灯りをだして書庫に入っていく。

 ここに来るのは久しぶりだ。私も王妃教育の後、書庫で本を読んでいるか、書庫の独特の雰囲気を楽しむために来ていた。
 
 だけど、今日はいつもよりも迫力を感じる。小さなハムスターの姿だがらだろう、雰囲気の違う書庫にドキドキしていた。

 先輩は慣れ親しんだ書庫の中を迷うことなく、目的の本棚に行き、本を手に取るとパラパラめくった。その本が気になり肩の上から覗くと、それに気付いた先輩が笑う。

「学園のときもそうやって、俺が読む本を覗いていたな。この本はルーには難しいだろう? 読めるか?」

 私は首を振り。

「全然、難してく読めないわ」
「まあ、そうだろうな」

 先輩はもうひと笑いして、読んでいた本と近くの本を手に取ると、書庫の出口近くの受付の貸し出し帳に、本の題名と自分の名前を書き書庫を後にした。

 ロウソクの炎が揺らめく王城の通路を進み、自室に戻ると書庫から借りた本を持ったまま、袖口をあさり鍵を取り出した。その鍵を部屋の壁に近付けて、現れた扉をガチャリと開けた。

「兄貴、お帰り」
「ただいま、ラエル」

 私たちが来るのが分かっていたのか、ローブのフードを取り、黒髪に目元が優しげで、青い瞳の先輩に似た男性が待っていた。

 ――先輩の弟さんだ。

 二人が並ぶと、根本的に違うところを私は発見した。
 
「シエル先輩と弟さんて双子だと聞いていたけど、瞳の色が違うのか」

「ん? あぁそうだな俺は赤い瞳で、弟は青い瞳だ」

 瞳の色の話をしている私に、弟さんは瞳を大きくした。

「これは珍しい。兄貴が魔法を失敗するなんて、初めてのことだよね。今朝、子犬だけ扉から出てきだ時はびっくりしたよ」

 まるで面白いものを見るかのように、弟さんの青い瞳が私を眺めた。

「おい、ラエル。珍しいからって、あまりルーを見るなよ」

「ごめん、ごめん。ルーチェさんにかかった"変化の魔法"は完全じゃないんだね。少し魔法陣が所々擦り切れているよ」

 ――私のかかった変化の魔法? 
 ――魔法陣が擦り切れている?

「ああ、そうだろ。それな、俺が思い出し描いたやつなんだ。少し読めないところがあって完全じゃない」

「だったら、効果は一日か二日ってところかな? よかったね兄貴」

「ほんと、よかったよ」

 楽しそうに二人は会話をしている、先輩と弟さんは仲の良い兄弟なんだ。

「そうだ、ルーチェさんお弁当ありがとう。美味しかった。お弁当箱はカウンターの上に置いたから」

 そう言われてカウンターを見ると、洗い終わったお弁当箱がレジカウンターに乗っていた。その隣では子犬がカゴの中で丸まって寝ていた。
 
「その子犬はね。お昼のお弁当の時もそうだったけど、夕飯も食べ過ぎて、いまはお腹いっぱいで寝てる」

 食べ過ぎって……あの小さな体で食べる量が私と同じくらい。"そうだ"と、弟さんが何かを思い出して、店の奥から紙袋を持って来た。

 その袋を先輩に渡して。

「はい兄貴、夕飯まだだよね。子犬は僕が預かるから、それを持ってルーチェさんの部屋に帰りなよ々

「「えっ?」」

 ――先輩が私の部屋に帰る?
 
 私と同じく驚いたのはシエル先輩。

「はぁ? どうして俺が? ルーの部屋に帰るんだよ!」

 焦る兄の先輩と、冷静な弟さん。

「あれ、わかんない? ルーチェさんがこの姿になったのは兄貴が魔法を失敗したせいだよね。兄貴は部屋の中、魔法陣を描いた紙を散乱させたんじゃないの? だから、ルーチェさんが触れちゃったんだよね」 
 
 図星で「うっ」と声を上げて反論出来なかった。

「それに兄貴だって、不完全な魔法は危険なのも分かってるいよね。ルーチェさんに何かあっては遅いんだよ。元に戻るまで"ちゃんと"見てあげないと。何かあったらすぐ僕に連絡して、すぐに駆けつけるから」

 と、弟さんに夕飯と空のお弁当箱を渡されて、店を追い出されたのだった。

 先輩から貰ったランタンの炎が揺らめく私の部屋。シエル先輩は書庫から借りてきた本を読んでいる。

「……あの先輩、借りてきた本が逆さまですよ」

「え、あぁ……ほんとうだ」

 朝はあんなに大胆だったのに変な先輩。チョコチョコ歩き先輩の膝の上に乗った。それだけでビクッとする、この部屋だって一度きてるのに。

「先輩、お腹空きませんか?」
「お、そうだな。ルー、皿はどこ?」

 膝から降りてキッチン横の棚の前で、ここだとジャンプして教えた。皿を取った先輩は袋から、大好物のくるみパンとチョコパン出して置いてくれた。

 そして隣にはレモンティー。

「いただきます!」

 無我夢中にかじる、かじる。

(先輩は食べないのと聞こうとした。あれ? 先輩が読んでる本の表紙がさっきのとは違う? あ、それって枕元にあった私の本じゃない)

「先輩、その本はダメ」
「なんで? 恋愛の本だろう?」

 そう、恋愛の本だけど。その本は魔法使いと女の子の恋の話。――あわぁぁ。本を買うときにシエル先輩を思い出して、買ったことがバレる。

 恥ずかしさのあまりに手で顔覆った。でも、ハムスターの手は小さくて、目しか覆えなかった。

 静かな部屋にペラペラ音が聞こえている。
 その、本をめくる先輩の手が止まった。
 
「クク、ルーはこのページを何度も読んでるな。このページの紙がよれよれになってるぞ」

「あ! そこは読まないで先輩!」

 先輩の前でダメ、やめてと、ジャンプした。

 だって、そこは女の子が魔法使いに告白するシーンなの。2人が可愛くって、ドキドキして、好きなシーンから、何度も寝る前に"そこだけ"を繰り返して読んでいた。

 ――そんなにじっくり見ないでぇ〜。

 恥ずかしいだけの時間がすぎる、先輩が本から顔を上げ。

「へぇー、ルーはこの場面の話が好きなのか?」  
「ムム、シエル先輩に教えません!」

 また、先輩の瞳がそのページの文字を追う。そして読み終わったとき、口元が上がったかのように見えた。

「やはり、ルーは可愛いなぁ」

「ん?」

「なんでもない」

 ボソッと小さく呟き本を閉じて、疲れたし寝るかと、床にいる私を拾い上げてベッドに乗せた。

「さっきもだけど、小さくなってもよく食べるな」
「そりゃ、食べますよ」

 弟さんが用意してくれた、くるみパンとチョコパン、レモンティーをペロリと完食した。まだ、若干余裕がある。寝るかと言った先輩だけど、ベッドのそばで足が止まった。

 ――何の変哲もない、シンプルなブルーのシーツのベッド。

「フウッ、ルーはベッドで寝ろ。お、俺は床でいい」

「なんで? 客用の布団はないから床だと体が痛くなっちゃう。遠慮せずに、ベッド使っていいよ一緒に寝よ」

「…………ううっ」

 先輩はしばらく黙り、小さく「わかった」と言ってローブを脱ぎ、ランタンの明かりを消してベッドに潜った。 

 私はその隣に寝転び目を瞑った。
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