日給10万の結婚

 大きなホテルのフロントを通り過ぎ、奥にあるカフェへと足を運ぶ。人はそれなりに多く、にぎわっているようだった。スイーツが有名だとかいうカフェは、確か紅茶だけで二千円近くするという場所だった。以前の私が身に着けていた服の合計金額くらいである。

 そのカフェに名前を告げ、スタッフが案内してくれる。窓際のいい場所に、一人の女性が座っていた。私が近づくとこちらに気づいたのか、ぱっと顔を上げる。髪を綺麗に伸ばした女性で、垂れ目が可愛らしい人だった。

 さっと立ち上がり、笑顔を見せてくれる。

「ご無沙汰しております! その節は本当に、ありがとうございました」

 深々と頭を下げてくれるので、慌てて止める。

「こちらこそ、素敵な贈り物ありがとうございました! 娘さんはその後どうですか」

「おかげさまで、元気すぎて困るくらい元気です」

「それはよかったです!」

 顔を見合わせて笑い、私たちは椅子に座り込んだ。

 彼女は吉岡倫子さん。あの創立記念パーティーで、私が救命処置を施した娘さんのお母さんだ。あの後、丁寧なお礼の手紙と、素敵なストールを贈ってくれた人。手紙には電話番号も書かれていたので、思い切ってお茶しませんか、と誘ってみたのだ。

 相手は二つ返事でオッケーしてくれた。そして今日、約束通りホテルのカフェで落ち合ったのである。

 前会ったのは着飾ったパーティー会場だったし、バタバタしていたのであまり顔を見ていなかったせいか、今日会うのは緊張していたのだが、会った途端安心した。非常に優しそうな人だったからだ。

 年は多分十個くらいは上だろうか。小学生ぐらいの娘さんがいるので当然とも言える。だが可愛らしくて、でも変な若作りはしていない、上品な人だった。おっとりした性格が伝わってくる。

 私たちはドリンクとケーキを頼むと、改めて挨拶をした。

「吉岡倫子です。直接お礼が言いたいなと思っていたので、今日は楽しみにしてたんです」

「二階堂舞香です。そんな、お気になさらず……! 急に誘ってすみませんでした」

「いえ、昼間は娘も学校に行っていますから」

 穏やかな口ぶりにうっとりする。ああ、これこれ、私が想像するいいとこの娘さんってまさにこんなイメージなんだよ。楓さんとはまるで違う。お手本にしたいと心から思った。

 倫子さんは私の方をしっかり見て言う。
< 103 / 169 >

この作品をシェア

pagetop