日給10万の結婚
とんでもない仕事
「け……こん?」
聞き返したのは私ではなく勇太だ。私は思考が停止してしまっている。
二階堂さんは不敵な笑みのまま私だけを見ていた。固まって動けない私に変わり、勇太が再度声を上げる。
「どういう意味ですか? 姉とあなたが結婚するってことですか?」
「その通り」
「なんのメリットが? そもそもあなた、二階堂って苗字ってことは」
「俺は二階堂の長男、つまり跡取り」
「は? 何でそんな人が姉ちゃんと」
二階堂さんが立ちあがる。そして狭い部屋を見渡しながら言った。
「まさか昔と同じこんなボロ屋にまだ住んでるとはね。何にも変わってないな舞香」
「え?」
「しかし、変わってないのは家だけじゃなくてお前もな。突然借金取りに身を売られそうになってるっていうのに、泣きもせず堂々としてる様はさすがとも言える」
「待って、あなた……?」
ぐるぐると頭が回る。二階堂さんがちらりと私を見て面白そうに笑った。その顔を見た途端、自分の脳内にある映像と被る。
それはまだまだ幼い頃、多分小学生だ。やたら私を貧乏人だと馬鹿にしてくる他クラスの男子がいた。気が強い自分は黙っていられず、相手を追いかけまわして回し蹴りし成敗した記憶がある。
あの時の彼に……似てる。
「もしかして、同じ小学校だった……?」
「やっと思い出したわけ?」
「隣のクラスの、私を貧乏人呼ばわりして蹴り上げたら泣いて帰った少年!?」
「泣いてねーよ馬鹿! 記憶改ざんするんな!」
慌てて否定してくる二階堂さんだが、私には聞こえていない。そうか、あの時の子か。その後も何度かからかわれて、そのたび仕返しをしに走った。まさかあの時の子供が、二階堂グループの後継ぎだったなんて!
私の考えに気づいたのか、彼は言う。
「おお、気の強い暴力女に何度もやられたよ。ゴリラみたいに強かったからなお前。小学生は男より女の方が成長が早かったのもあるけど」
「そうだったの……」
「さすがに中学からは俺は私立だったから別になったけど」
つまり向こうは私のことを覚えていたのか、小学校の頃関わっていたことを。
そこまで知り、ぶわっと顔が熱くなった。だってそれって、それって。
私のことをずっと好きだったってこと!?
だって大人になってわざわざ私の家まで訪ねて来、さらに借金取りに連れていかれそうになった私を助けてくれた。その引き換えに結婚、だなんて、そんなに長いこと私に熱心だったというわけか。小学生男子が好きな子にいじわるしたくなるというのはよくある話だ。
まさかこんな展開あるだろうか。昔知り合いだった少年がイケメン金持ちになって自分を迎えに来るなんて――
「あ、あの私でも急に結婚なん」
「なんか勘違いしてるとこ悪いな、これはお前に持ち掛けた仕事だ」
「……仕事?」
「言っておくが幼い頃に抱いていた恋心を、とかそんな話じゃない。俺はゴリラの女に興味はなかった」
「私は人間なんですけど」
「お前は仕事として俺と結婚するんだ」
話が全然見えないのだが。
「あの、どういうことですか?」
私の変わりに勇太が聞くと、二階堂さんは物珍しそうに部屋の中を見ながら話し始めた。金持ちにはチラシで折ったごみ入れやガムテープで補強した障子が珍しいらしい。飾ってある私と勇太が子供の頃の写真を手に取りながら言う。