日給10万の結婚
 集められた人たちはみな、それなりの立場の人たちだ。私やマミー、楓さんの関係だって知らないはずがないんだろう。思えば、あのパーティーで見た顔も何人かいるようだ。

 マミーはこちらに気が付くと、やけに優しい声で近寄ってきた。

「舞香さん。いらしていたのですね」

「マ、お義母さま。ご無沙汰しております。楓さんも」

「舞香さん、お久しぶりですー!」

 やけにテンションが高いなこのぶりっ子は。私は冷静を努める。ボロを出すなよ、ほんの少しでも出せば命取りとなる。

 マミーは私を上から下まで観察し、言った。

「伊集院様は大事な方です。失礼のないように」

 静かに頭を下げる。するとその時、会場がわっと沸いた。見てみると、伊集院さんがやってきたのだった。

 髪を全てきっちりまとめ上げ、上品なワンピースを着ていた。目がやや吊り上がり、厳しさがうかがえる。彼女はにこりと笑って挨拶をした。

「みなさまお揃いでしょうか。お集まりいただきありがとうございます。みなさまにお会いできるのをとても楽しみにしておりました。お久しぶりの方も、初めましての方も、今日はどうぞ楽しんで行ってくださいな。まずは乾杯といきましょうか」

 拍手が沸き起こる。お手伝いさんらしき人が入ってきて、乾杯のドリンクを配ってくれる。それぞれ手に渡ると、伊集院さんの合図で乾杯となった。冷えたシャンパンで喉を潤す。そしてそのまま、一人一人が伊集院さんに挨拶をしに移動した。遠目から見ていると、皆腰を低くして相手の顔色を窺っている。誰から見ても、叶わない相手だということが明白である。

 たらりとこめかみに汗をかいた。今回、かなり攻めた自覚がある。さてどう反応されるだろうか。

「伊集院様ー!」

 楓さんの高い声が響いた。彼女は愛想を振りまき、伊集院さんに挨拶をしている。まあ、こう見るとやはり彼女も一応いいとこのお嬢様だ、立ち振る舞いはさまにはなっている。

 しばらくそれを観察していたとき、隣にいた倫子さんが小声で言う。

「大丈夫ですよ、一緒にご挨拶しましょうか」

「はい」

 そう足を踏みだそうとすると、それより先に楓さんの声が響いた。嬉しそうに弾んだ高い声だ。

「ほら、あちらが玲さんと結婚された、舞香さんですよ。舞香さん、こちらへいらっしゃったらどうですー?」

 早く私を引きずり出したいようだ。周りの視線が一斉に集まる。そこには勿論、伊集院さんの目も。

 彼女は目を丸くし、私を見ていた。

 私は注目される中、ゆっくり倫子さんと共に歩く。胸を張り、決して緊張してる様子など見せずに。

 そして伊集院さんの前に立つと、微笑んで挨拶をした。

「二階堂舞香と申します。このたびはお誕生日、おめでとうございます」

 ゆっくりと頭を下げた。

 彼女はじっと私の顔を見ている。内心はバクバクだ。でも決して笑顔を絶やさず、柔らかな表情に努めた。

「二階堂舞香さん……?」
 
 ぽつりと伊集院さんが呟く。マミーがすぐに割って入った。

「伊集院様は初めてでしたね。この前のパーティーは欠席されたから……実は息子が勝手に結婚した相手でして……でも、相当素晴らしい女性なようです」

 ニコリと笑って言ってくれる。おうおう、ハードルを上げてくれるじゃあないか。悪意の塊だな。

 私は小さく首を振った。

「まだまだ勉強中の身です」

「いいえ、私が驚くほどの人間になって見せると宣言していましたよ」

 確かに一年後、マミーが後悔するような人間になるって言ったけど。全部の言葉に棘があるんだよ。内心汗が止まらない。そんな私を面白がるように、マミーと楓さんは続けた。

「おうちはごく一般的な家庭なんですって。まあ、ご両親がいないという点は一般的じゃないかもしれませんが……私達親には報告もなく玲と入籍を済ませたようで」

「とっても素晴らしい女性なんだと、玲さんも太鼓判を押していましたよ! 私、舞香さんのような女性になりたいなと心から思って憧れているんです!」

「私たちもまだほんの一、二回ほどしか会ったことないんですがね。ほら舞香さん、伊集院様とゆっくりお話しなさったら?」

 優しい笑みを浮かべているようで、目は私を睨んでいる。さて、どう出ようかと考えていると、隣の倫子さんがふわりとした声で間に入った。
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