日給10万の結婚
「舞香さん! とても楽しみにしておりますよ」

 楓さんが私の腕に絡みついてそう言った。それに対し、私はにっこりと余裕の笑みを浮かべた。

「ありがとうございます、頑張りますね」

 私のそんな返答に、彼女はあれっという顔を見せた。華なんてまるで未体験で、おろおろしているのかと思ったのだろう。

 準備してある場所へ移動し、私は倫子さんに鞄などを預けた。置かれたテーブルの上に、準備は揃っていた。元々伊集院さんが活けるつもりだったのだろう。周りの婦人たちも、何が始まるのだ、と興味津々で私を囲いだす。

 ゆっくり深呼吸して気持ちを落ち着けた。そして、心を乱さず冷静さを保ち、私は手を伸ばす。

 視線が刺さって痛みを覚えそうだった。面白がってる者、心配そうにしてる者、何も考えていない者、皆が私に注目している。その視線に惑わされないよう、私は必死で花を活けた。手が震えてしまうかもと心配したが、指先はしっかりとしており、温度や刺激も詳細に感じられるほどきちんと動いていた。

 この一か月間、必死で勉強したのだ。家でも玲に付き合ってもらって、畑山さんにも見てもらって、とにかく頑張った。その力を全て出し切らねば、きっと後悔してしまう。

 しばらく時間を要し、作品が完成する。ふむ、自分としては中々の出来ではないかと思う。だがもちろん、所詮はまだ始めて間もない素人の作品だ、目が肥えてる人から見れば穴だらけのものだろう。

「出来ました」

 しっかりとした声で言った。間近で見ていたマミーは、わざとらしく眉を顰める。

「まあ、なんて拙い……」
 
 困ったように囁きながら、口元は嬉しそうに笑っているの、隠しきれていませんよ。だが、その言葉に気づかなかったのか、伊集院さんが驚いたような声を上げた。

「やはりあなただったんですか、服部さん」

 私はゆっくり振り返る。伊集院さんは、じっと私を見ていた。

「上達しましたね」

 彼女は驚きつつも、そう褒めてくれた。私は頭を下げる。

「服部は、旧姓なのです」

「今日お顔を拝見して、そうかなと思ったんですが、名前も違うし普段より着飾っているから似ている人かと思いました」

「先生、黙っていてすみませんでした」

 私と伊集院さんの会話に、周りがきょとんとしている。それはマミーたちも同様で、顔を引きつらせて伊集院さんに尋ねた。
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