日給10万の結婚
「舞香さん、伊集院様の教室へ通っていたの? なんてこと」
マミーが信じられない、とばかりに言った。
「え、だって、憧れの先生に学びたい、と思うのは至極真っ当な考えではありませんか?」
「あなた、どうせ伊集院様に気に入られたくてやったんでしょう。なんて小賢しい」
「(まあ合ってるけど)そんな……でも、そう思われても仕方ないとは思いますが、私は素直に学びたいと思ったから通っていただけです」
「よくもそんなふてぶてしいことを」
カッとなったマミーを制したのは、伊集院さんだった。彼女は驚いたようにマミーに言う。
「どうなさったの二階堂様、いつものあなたらしくない、落ち着いて」
「……そ、それはすみません」
「彼女が邪な気持ちで教室に入ったとしても私はいいんです。そんなに行動力がある人を今まで見たことがなくて感心してしまいますし、何より舞香さんは本当に頑張っていたんですよ。私は見れば分かります、努力して必死に学習されていた。それは紛れもない事実です。舞香さん、素性を隠していたのは悲しいですけど、でもあなたの言い分も分かります。私はこの一か月、あなたが必死に頑張っていた姿勢を信じていますよ」
「先生!」
私はわっと笑顔になった。よかった、本当に一か八かだったのだ。必死に努力した姿を見ていてくれたようだ、だって本当に滅茶苦茶頑張ったもんね。家じゅう花まみれになったんだから。
ぐっとマミーと楓さんが黙り込んだ。二人とも真顔で私を見ている。
「でもほら、ここの部分にもう少しこの色を加えると」
「わ……流石です、先生。ううん、難しいですねえ」
「でも全体のバランスが本当によくなりましたよ」
「ありがとうございます!」
先生と談笑が始まり、周りもぐっと和やかになった。ようやく皆それぞれ話しはじめ、放置されていた軽食たちにも人が集まっていく。倫子さんも交えて、私は伊集院さんと笑い声を上げながらしゃべっていた。
金持ちでお茶会など開く奥様ということで、始めはマミーのようなキツイおばさんを想像していたけど、案外伊集院さんは穏やかだし考え方も柔軟だ。確かに厳しい人ではあるが、少なくとも性悪なイメージはない。そうそう、どちらかと言えば畑山さんに雰囲気が似ている。
伊集院さんと盛り上がって会話をしているのを、あの二人はじっと背後から見ていた。その視線には気が付いていたけれど、私は何も反応しなかった。