日給10万の結婚
「舞香さん」
びくっと振り返る。やはり、二人が立っていた。マミーは厳しい顔でこちらを見ている。私は頭を下げて優雅に言った。
「お義母さま、お疲れ様でした」
「……あなたの計算高さにうんざりしています。伊集院様にあんな形で取り入ろうなんて」
すぐに玲が反論した。小馬鹿にしたような声で言う。
「母さん、あなた自分が言ってきた言葉忘れたんですか? 二階堂のためになることはどんな手でも実行しろ、って教えてきたのに。あの伊集院様に気に入られたなら、これ以上ない結果ではないですか。何が不満なんです」
バチバチと火花を散らしたまま沈黙が流れる。それをぶちぎったのは楓さんだった。いつもの癇に障る高い声で思い出したように言った。
「そういえばー? 舞香さん、伊集院様に何をプレゼントされたんですか? 華道教室で仲良しになったなら、さぞかし伊集院様に合ったものを贈られたんですよね?」
来たか、と心でため息を吐く。そして私は隠すこともせず、正直に言った。
「生花と、特別に取り寄せた焼き菓子です」
そう言った途端、楓さんの顔がばああっと笑みに満ちた。鏡で見せてやりたかった、なんて卑しい顔をしてるんだろう。マミーが声を上げた。
「焼き菓子!? まさか伊集院様に甘いものをお贈りしたんですか? あの方は甘いものが嫌いなんですよ、信じられない、それくらいの情報知っていたはずでしょう!?」
そう声を荒げると、頭を抱える。そしてブツブツと呟く。
「今すぐに回収したほうが……いやもう手遅れかもしれないし、そうなると手ぶらで来たことになる……ああ、嫁が不出来で申し訳ありませんと謝罪を入れるしか……あなた、これで伊集院様の機嫌を損ねたら、責任とれるんですか?」
きっとこちらを睨んだマミーの前に、玲が立ちはだかった。彼は涼しい顔をして言う。
「責任は俺が取ります」
「何を……」
「でも、舞香は何も考えずに贈り物をしたわけではありません。叱るなら、伊集院様の反応を見た後でもよいのでは?」
真っすぐ母を見ながらそう言った息子に、マミーは黙った。そしてくるりと私たちに背を向けると、とげとげしい声で言った。
「これであなた方も終わりです」
そして、楓さんと並んでその場から立ち去った。