日給10万の結婚
キスの理由
「ごめん」
私から離れた後、やつは視線を逸らして短くそう言って、すぐに家から出て行ってしまった。私は紅茶がしたたる台拭きを握りしめた情けない格好のまま、ただ茫然としていた。
ごめん、ってなんだ。ごめん、って。
突然キスされたことにも驚いたけれど、別に嫌じゃなかった。そのあと、熱い愛の告白でもあれば問題解決、ハッピーエンドで終わるのかと思っていたが、彼から出たのは謝罪だったので予想外だ。なぜ謝ったのだ、そしていなくなったのだ。
そりゃ、相手に同意を得ずキスしたことに対しての謝罪はあってもおかしくはないだろう。でも大事なのはそのあとだ、なぜキスしたのか理由を教えてくれないと、私もどう対応していいのか分からない。
「……何が起きた?」
ぽかんと呟いた。
半分告白みたいな事をしてしまったのは私の方で、それに対してのキスなら別にそこまでおかしいことではなくて、でも玲は謝っていなくなってしまって……あれ?
わけわからないぞ。
盛大なため息をついて全身の力が抜けた。ぼんやりとしたまま、玲の顔を思い浮かべる。相手も困ったような表情をしていたが、あれはどうしてあんな顔をしていたんだろう。
分からない。
その後、夜になっても玲は帰ってこなかった。家でうろうろしながら待っていた私の元に帰宅したのは、玲ではなく圭吾さんだった。外で買ってきた夕食を手に持ち、彼は明るい声で中に入ってきたのだ。玄関で聞こえた物音に過剰に反応し、私はリビングのドアを必死に見つめていた。
「ただいま戻りましたー!」
「あ、おかえりなさい! ……あれ、玲は?」
「ちょっとやりたい仕事があるそうで、先に帰ってろって言われました」
あからさまな態度に、私は脱力する。そりゃ夕方あんなことがあって気まずいとはいえ、こうも露骨に避けるなんてどういうことだ。玲らしくない。
ムッとした私の顔を覗きこみ、圭吾さんが言った。
「舞香さん? 夕飯食べます?」
「あ! はい、食べます。食べましょう!」
「僕は家に持ち帰」
「圭吾さんも一緒に食べましょう! はい、ほら、いっぱい食べましょう!」
どこか苛立ちながら私は彼を引き止める。圭吾さんは少し面食らっていたようだが、すぐに笑顔で返事をしてくれた。
「じゃ、一緒に食べましょう」
「わ、美味しそうー!」
「舞香さんと二人で食事なんて初めてですね」
二人でダイニングテーブルを囲む。ビニール袋から温かなお弁当を取り出していると、圭吾さんは当然ズバッと私に切り出した。
「玲さんと何かあったんですか」
「え!?」
持っていた弁当を落としてしまいそうだった。そんな私に、圭吾さんはにっこりする。
「お二人のいいところは分かりやすいところですねー似てますよね」
「そ、そうですか……?」
「はは、そうですよ。まあ、言いにくいんでしょうから無理に聞きませんが、なんとなく想像つきます」
圭吾さんが一体どんな想像をしているのか気になって仕方がない。でも突っ込むのも怖い気がする。私は口を尖らせながら椅子に座り込む。