日給10万の結婚
圭吾さんが頭を掻いた。そしてソファから降り、床にしゃがみ込む。私の顔を覗きこむようにし、彼は言った。
「玲さんは本当に、舞香さんを振ったんですか」
「ええ、そうですね」
「それで避けるように仕事に?」
「タイミング的にそうかと」
「……玲さんはほんと、肝心なところで腰抜けなところがありますからね」
突然毒舌モードになる圭吾さん。苛立ったように顔を歪め、独り言をブツブツという。
「まったく……だからさっさと言えって言ったのに……何をしてるんだあいつは……」
「圭吾さん?」
「舞香さん、玲さんの事は一旦置いておきましょう」
きっぱり言うと、私を見上げる。色素の薄い茶色の目に、私が映りこんでいた。
圭吾さんが真剣な面持ちで私を見ているので、ついどきりと胸が鳴る。怒っているような、でも悲しんでいるような、そんな複雑な顔にみえた。
「僕も今苛立っているので」
「え? まあ、結局楓さんたちには敵わなかったといいますか」
「その二人にも怒ってますけど、そっちじゃないです。玲さんにめちゃくちゃ苛立ってるので」
「え? 何で玲?」
「僕は彼と幼馴染みたいな関係で、良いところも悪い所も全部知ってるつもりです。今、よくないところが出てるなあ。まあ真面目すぎるっていう事でもあるんですけどね。でも、連絡を無視するようなことは絶対にないですね、今は気づいていないだけでしょう」
「私もそう思います」
「さて、玲さんがどう決断を下すか見ものですけど……」
圭吾さんは考えるように深いため息をついた。眉を顰めて呟く。
「まあ、僕は玲さんはちゃんとやれる人だと思ってますよ。多分大丈夫だって信じてます。でも、もし万が一最後まで腰抜けだったら……」
彼が顔を上げる。ばちっと視線が合った。真剣な面持ちで、私にゆっくりと言った。
「僕はもう玲さんのそばでは働けませんね。彼から離れます。そして、舞香さんが借金を返すっていうなら手伝います」
「……え? え、なんでそんなことになるんですか?」
「敬意を持てる人間のそばにしかいたくないってことです。自分が力になりたいと思うのは舞香さんだけになるかもしれない。その時は自分の感情に素直になって、あなたを全力で支えたい」
冗談を言っている様子はなかった。圭吾さんがいつも私を応援してくれることは知っていたし、優しくて責任感が強いことも十分分かっている。
それでも、玲と無関係になった後の私の力になってくれるなんて――どう考えても変だ。
「なんでそんなにしてくれるんですか?」
「んー、ここでそんな質問をしますか。酷だなあ。まあ、もしそうなったら教えます」
圭吾さんは笑って立ち上がった。そして時計を見上げ、肩をすくめる。
「まだもう少しかかるかな。夕飯でも一緒にどうですか。簡単に作ります」
「え!? いえ、私が作りますよ」
「玲さんから連絡があったら、すぐに出なきゃいけないでしょ。座っててください。ゆっくり準備しますから」
そう優しく言って、圭吾さんはキッチンへと入っていった。私はそれをぼんやり見送りながら、未だ鳴る事のないスマホを見つめる。
ああ、早く返事が欲しい。ただ、そのときに一体玲がどんなことを言うのか――それは、怖くもある。
「玲さんは本当に、舞香さんを振ったんですか」
「ええ、そうですね」
「それで避けるように仕事に?」
「タイミング的にそうかと」
「……玲さんはほんと、肝心なところで腰抜けなところがありますからね」
突然毒舌モードになる圭吾さん。苛立ったように顔を歪め、独り言をブツブツという。
「まったく……だからさっさと言えって言ったのに……何をしてるんだあいつは……」
「圭吾さん?」
「舞香さん、玲さんの事は一旦置いておきましょう」
きっぱり言うと、私を見上げる。色素の薄い茶色の目に、私が映りこんでいた。
圭吾さんが真剣な面持ちで私を見ているので、ついどきりと胸が鳴る。怒っているような、でも悲しんでいるような、そんな複雑な顔にみえた。
「僕も今苛立っているので」
「え? まあ、結局楓さんたちには敵わなかったといいますか」
「その二人にも怒ってますけど、そっちじゃないです。玲さんにめちゃくちゃ苛立ってるので」
「え? 何で玲?」
「僕は彼と幼馴染みたいな関係で、良いところも悪い所も全部知ってるつもりです。今、よくないところが出てるなあ。まあ真面目すぎるっていう事でもあるんですけどね。でも、連絡を無視するようなことは絶対にないですね、今は気づいていないだけでしょう」
「私もそう思います」
「さて、玲さんがどう決断を下すか見ものですけど……」
圭吾さんは考えるように深いため息をついた。眉を顰めて呟く。
「まあ、僕は玲さんはちゃんとやれる人だと思ってますよ。多分大丈夫だって信じてます。でも、もし万が一最後まで腰抜けだったら……」
彼が顔を上げる。ばちっと視線が合った。真剣な面持ちで、私にゆっくりと言った。
「僕はもう玲さんのそばでは働けませんね。彼から離れます。そして、舞香さんが借金を返すっていうなら手伝います」
「……え? え、なんでそんなことになるんですか?」
「敬意を持てる人間のそばにしかいたくないってことです。自分が力になりたいと思うのは舞香さんだけになるかもしれない。その時は自分の感情に素直になって、あなたを全力で支えたい」
冗談を言っている様子はなかった。圭吾さんがいつも私を応援してくれることは知っていたし、優しくて責任感が強いことも十分分かっている。
それでも、玲と無関係になった後の私の力になってくれるなんて――どう考えても変だ。
「なんでそんなにしてくれるんですか?」
「んー、ここでそんな質問をしますか。酷だなあ。まあ、もしそうなったら教えます」
圭吾さんは笑って立ち上がった。そして時計を見上げ、肩をすくめる。
「まだもう少しかかるかな。夕飯でも一緒にどうですか。簡単に作ります」
「え!? いえ、私が作りますよ」
「玲さんから連絡があったら、すぐに出なきゃいけないでしょ。座っててください。ゆっくり準備しますから」
そう優しく言って、圭吾さんはキッチンへと入っていった。私はそれをぼんやり見送りながら、未だ鳴る事のないスマホを見つめる。
ああ、早く返事が欲しい。ただ、そのときに一体玲がどんなことを言うのか――それは、怖くもある。