日給10万の結婚
「いやだ、って……子供みたい」

「だっていやだ」

「でも私も、玲が他の人と結婚するのいやだ。私を嘘の奥さんにしてくれてありがとう」

「もう嘘じゃない、お前がいないなら俺は一生独身でいい」

 苦しそうな声が心地いい。私はその背中に手を回して強く力を入れた。熱い体温が溶け合って、心が熱を帯びる。

 いつからこんなふうに想いあっていたんだろう。一つ屋根の下に五か月もいながら、やっと通じ合えたなんて。

 ずっとこうしていたい気持ちになったが、そうも言ってられない。私は静かに玲から離れた。

「でも……私たちがこのまま婚姻関係を続けるには、あまりに環境が悪いよ。二階堂の嫁として相応しくないっていうのは私が十分分かってる。反対を押し切るのも限界があるよ、玲の会社にも関わってくるかも」

 二股疑惑を掛けられ、借金を負っていた事実も漏れ、今まで通りに生活できるとは到底思えない。どこかの週刊誌にでも売られてしまえば、会社ごとイメージも悪くなる。

 私たちは平穏な夫婦ではいられない。

 しばらく玲が黙り込んだ。だが、何かを決意したような表情をしたかと思うと、一度ぐるりと部屋を見渡した。

 そして静かな声で、彼は言った。

「俺たちが一緒にいられない環境なんて、いらない」

「……え?」

「俺は舞香がいればあとは何もいらないや」

 彼が目じりを下げて言った。柔らかで子供みたいな優しい表情だった。

「ずっと思ってたことがある。でも実際出来なかった。俺は怖かったんだと思う。でも舞香が俺の横にいてくれるなら、きっと何も怖くなくなる。舞香を巻き込むことになると思うけど、俺についてきてくれる?」

 彼が何を考えているか分からなかった。ただ、大きな決心をしたという事だけ伝わってくる。

 一体どうするつもりなのか、まるで想像がつかない。ただ一つだけ言えるのは、私は一度人生のどん底に落とされ、それを玲に救ってもらった身だ。今更どんな苦労が待っていようと、へこたれない自信はある。

 私は見上げてにっこり笑った。

「根性だけはあるって、玲は知ってるはずだけど」

 そう言うと、彼は静かに微笑んだ。時々見せる、玲の子供みたいな笑顔が好きだと思った。

「ただ、私は玲に黙ってついてくようなことはしないよ。時には玲についてきてもらう」

「さすがだな。もちろん舞香が正しいときは舞香についていくし、分からないときは二人で立ち止まればいい」

「大丈夫。私はちょっとのことでは負けない自信がある。玲の決意、聞かせて」

 私が言うと、彼は何かを言いかけた。が、少し考え込むようにして、開いた口を閉じ、代わりに私に深いキスを落としてきた。突然のことに面食らう。
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