日給10万の結婚
 この前とはまた違ったキスだった。離れた直後、私は小さく非難する。

「ねえ……話を聞かせて、って言ったんだけど」

 それ聞いて、玲が不満げに眉を上げる。

「それよりまず、あのクソみたいな元カレにキスされたってのが許せなくなって、上書きが先かと思って」

「上書き……」

「そしてそれを仕込んだ楓にも、滅茶苦茶腹立ってる。ろくなこと考えねえなあの魔女は」

 不快そうに言い捨てた玲は、再度私に上書きを重ねた。何度も上書きをするもんだから、もうこっちはいっぱいいっぱい。しばらく経ってようやく離れた彼に、私は涙目で言った。

「上書きもなにも、あいつのキスなんて記憶に保存されてないから」

「ぶはっ。やっぱりお前はさすがだよ」

 そう白い歯を出して笑う玲に、私もつられて笑った。

 しばらく二人で笑った後、玲が静かな声で言う。

「これから先もずっと肩に力入れて、親とか性格悪い女に邪魔され続けるの、すげー疲れるからぞっとする。舞香はどう思う?」

 聞かれたので、私は正直に答えた。

「喧嘩を買うのは嫌いじゃないよ。でも、買わないに越したことはない」

「……まあ、だよな」

「玲のためなら戦うのも頑張れるよ。でも平穏が一番だとも思う」

「お前の人生平穏から程遠いからな」

 そういって少し笑った玲は、どこか優しい目で私を眺めた。その目に、不思議な色が宿っていることに気が付いていた。






 翌日のこと。

 空は晴れて気持ちのいい青空が広がっていた。決戦の日には相応しい天気だと思った。

 私と玲は二人揃って、二階堂家に向かっていた。尋ねるという連絡は入れてある。お義母さまは嬉しそうに了承したらしい。

 今日は圭吾さんにも声を掛けず、二人だけで家を訪ねた。以前食事をとったバカでかいお家だ。約束の時間通り、私たちはその大きな家のインターホンを押した。

 またお手伝いさんが出迎えてくれるのかと思いきや、ニコニコ顔で扉を開けたのはお義母さまだった。こんなに歓迎されたのは初めての事だ。あんな笑顔、初めて見たんですけど。

「よく来ました、さあ中に入って」

 言われて中に足を踏み入れる。あのダイニングに通された。中に入るとお義父さまも座って待機している。さすがに楓さんは来ていなかった。家族だけの話、ということだろう。

「さあさあ座って。私がお茶を淹れますから」
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