日給10万の結婚
 私たちはお義父さまの正面に腰かける。お義母さまもお茶を淹れたりするんだなあ、なんてどうでもいいことを感心した。プライベートな話をするので、家政婦など部外者は休ませたのかもしれない。借金の話だったりが飛び出してくるので、誰かに聞かれたらまずいのだろう。

 しばらくして温かな紅茶が運ばれてきた。私はお礼を言ったが一口も飲まなかった。隣の玲は、お礼すらいう事はなく、ただ無言で座っている。

 ようやく四人全員が揃った。向かいに座る両親は、普段より穏やかな顔で私たちを見ている。すぐに切り出したのはお義母さまだった。

「昨日は突然電話をしてごめんなさいね」

「いえ」

「色々分かってしまったから……親として黙っていられなかったの。ねえ、玲? 舞香さんを巻き込んだのはあなたでしょう。あなたは彼女に謝罪する立場なのよ」

 やけに優しい声で諭すように言う。玲はひるむことなく、きっぱりと言い放った。

「舞香と離婚します」

 その言葉を聞くと、彼女の顔はぱあああっと明るくなった。待ち望んでいた言葉をようやく聞くことが出来た、というように、うんうんと何度も頷く。

「そう! そうなの、やっと決意したのね。舞香さん、ご迷惑かけてごめんなさい。私はきっちりあなたに支払いを」

「離婚して舞香の籍に入り直します」

 笑顔を作ったまま、母親は固まった。ずっと空気のようだったお義父さまも、目を丸くしている。

 玲は続けた。

「二階堂は辞めます。親子の縁も切ります。もうあなた方に会うのは最後です。ありがとうございました」

「……れ、玲? あなた、何を言っているの?」

「舞香とは、確かに始まりはご指摘の通りです。俺はどうしても楓さんと結婚したくなくて、他の結婚相手を探していた。あなたがたのイビリに耐えられるような、強い女性をね。父親の借金を背負わされて困っている彼女に会いに行き、妻にならないかと持ち掛けたんです」

「やっぱり! そんなめちゃくちゃなことが許されると思ってるの?」

「でも始まりがそうだったけれど、今は本当の夫婦になっています。お互い想い合っている。俺は舞香以外の人と結婚はしません。でも、このままではあなた方や楓が舞香を苦しめ続けるでしょう。だから家を捨てます」

 あんぐり、と口を開けている。玲は力強く言う。

「もっと早くこうすればよかった。楓と無理やり結婚させられそうになった時に、全部捨てればよかった」

 お義母さまが勢いよく立ち上がる。椅子が派手に音を立てた。震えた声で叫ぶ。

「ゆ、許しませんよ!? 誰のおかげでこんな生活を送れていると思うんです! 将来も約束されて、何が不満なの? 楓さんと結婚することさえ受け入れれば、あなたは何もかも手に入るんですよ!」

「俺が欲しい物は何も手に入っていない!」

 玲が声を荒げ、二人はまた唖然と口を開けた。これほど反抗した玲を見たのは初めてだったのかもしれない。
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