日給10万の結婚
彼は私の手を取った。そしてそのまま部屋から出ようとする。それを、玲にしがみついて止めたのはお義母さまだった。玲はやや驚いたように目を見開く。母親がこれほど必死になるのは、予想外だったのかもしれない。
「やっていけるわけないわ、今までずっといい暮らしをしてきたあなたが、今更庶民の生活なんて。すぐ音を上げるに決まってる! 絶対に許しません、考え直しなさい。そんな女に騙されて!」
きっとこちらを睨みつける。不格好な喚き声に、ため息がもれそうだった。玲が何か言いかけたのを制し、私は静かな声で言った。
「私の親が底辺であること、お義母さまたちはご存じでしたよね。そう、私は親に愛情を貰って育っていません。そのかわり弟がいたので、まだ耐えられたのですが……親に愛を求めるのは変なことですか? たくさんのお金やプレゼントより、共に過ごす時間を欲しがるのはおかしなことですか? 応えてもらえなかったから離れようとするのを、なぜ止める権利があるというんですか? 玲はもう立派な大人です。自分の生きる道は自分で決めます」
血走った目でこちらを見、わなわなと震えている。お義父さまも、ようやく慌ててこちらに歩み寄った。お義母さまの肩を抱く。それでも、彼女は私たちから視線を外さなかった。
「後悔しますよ……絶対に」
玲はあっけらかんと答える。
「それはこちらのセリフです。二階堂の力を使って、今後も邪魔してくるつもりなんでしょうが、覚えておいてください。舞香や弟に何かしようものなら、俺が絶対に許しません。俺は元々二階堂にいた人間ということをお忘れなく」
そう言って、しがみつく母親の手を払った。そして、私の手を引いて出て行く。
「玲! 待ちなさい! これまであなたにいくら投資したと思ってるの!」
「玲、考え直してくれ! お前が急にいなくなれば、周りになんて言えばいいんだ。お前が進めてるプロジェクトは?」
この後に及んでも、金の話や世間体、仕事のことばかり。頭が悪すぎるこの二人に、私はため息しか漏れない。
玲も失笑するしかないようだ。
「金じゃなくて愛を投資してくれれば、違う結果になったでしょうね。跡継ぎがいなくなりますが、正直に言えばいいのでは? 今の結婚相手を認めなかったので出て行きました、と。仕事のことは知りません、父さんならなんとかするでしょう。では、葬式ぐらいは出ようと思いますので」
私たちはそのまま家から出て、車に乗り込んだ。最後まで凄い形相のお義母さまが追ってきていたが、玲は構わず車を発車させた。大きな家は、すぐに小さくなっていった。
帰りの車内、玲は無言でハンドルを握っていた。平然と縁を切る宣言をしていたけれど、彼の心が痛みを感じていないわけがないと思う。
その横顔はどこか寂し気で、でもしっかり前を向いている、不思議な顔だった。
「やっていけるわけないわ、今までずっといい暮らしをしてきたあなたが、今更庶民の生活なんて。すぐ音を上げるに決まってる! 絶対に許しません、考え直しなさい。そんな女に騙されて!」
きっとこちらを睨みつける。不格好な喚き声に、ため息がもれそうだった。玲が何か言いかけたのを制し、私は静かな声で言った。
「私の親が底辺であること、お義母さまたちはご存じでしたよね。そう、私は親に愛情を貰って育っていません。そのかわり弟がいたので、まだ耐えられたのですが……親に愛を求めるのは変なことですか? たくさんのお金やプレゼントより、共に過ごす時間を欲しがるのはおかしなことですか? 応えてもらえなかったから離れようとするのを、なぜ止める権利があるというんですか? 玲はもう立派な大人です。自分の生きる道は自分で決めます」
血走った目でこちらを見、わなわなと震えている。お義父さまも、ようやく慌ててこちらに歩み寄った。お義母さまの肩を抱く。それでも、彼女は私たちから視線を外さなかった。
「後悔しますよ……絶対に」
玲はあっけらかんと答える。
「それはこちらのセリフです。二階堂の力を使って、今後も邪魔してくるつもりなんでしょうが、覚えておいてください。舞香や弟に何かしようものなら、俺が絶対に許しません。俺は元々二階堂にいた人間ということをお忘れなく」
そう言って、しがみつく母親の手を払った。そして、私の手を引いて出て行く。
「玲! 待ちなさい! これまであなたにいくら投資したと思ってるの!」
「玲、考え直してくれ! お前が急にいなくなれば、周りになんて言えばいいんだ。お前が進めてるプロジェクトは?」
この後に及んでも、金の話や世間体、仕事のことばかり。頭が悪すぎるこの二人に、私はため息しか漏れない。
玲も失笑するしかないようだ。
「金じゃなくて愛を投資してくれれば、違う結果になったでしょうね。跡継ぎがいなくなりますが、正直に言えばいいのでは? 今の結婚相手を認めなかったので出て行きました、と。仕事のことは知りません、父さんならなんとかするでしょう。では、葬式ぐらいは出ようと思いますので」
私たちはそのまま家から出て、車に乗り込んだ。最後まで凄い形相のお義母さまが追ってきていたが、玲は構わず車を発車させた。大きな家は、すぐに小さくなっていった。
帰りの車内、玲は無言でハンドルを握っていた。平然と縁を切る宣言をしていたけれど、彼の心が痛みを感じていないわけがないと思う。
その横顔はどこか寂し気で、でもしっかり前を向いている、不思議な顔だった。