日給10万の結婚
家に着き、風呂に入りひと息ついた私たちは夕飯を取ることにした。帰りにどこか買って帰ろうか、と言ったのを止めて、久しぶりに私が料理を作ることにした。とはいえ冷蔵庫にある物で作ったので、簡単なものだ。
それでも、テーブルに置かれた料理たちを、玲は目を細くさせて喜んだ。二人で食卓を囲み、静かに食事を開始する。
玲は姿勢よく食べている。
「俺も料理とか覚えないとだな。さすがにそれは学んでこなかった」
彼がぽつんと呟く。私は眉を下げた。
「別に、私が作るしいいよ」
「舞香ばかりにさせられない。引っ越し先も早く見つけよう」
頷いて同意した。このマンションも引き払って、小さな場所へ引っ越そう、という玲の提案だった。まあ、二階堂の後継ぎでもなくちゃ、こんなところの家賃なんて払い続けられるわけがないので当然のことだ。
私はご飯を食べながら言う。
「でも、大変だと思うよ。一気に庶民の暮らしじゃさ」
「大丈夫。全身三千円でトータルコーディネートする覚悟は出来ている」
「あは! 懐かしいな、最初は私そんなんだったよね」
「笑ってたのに、まさか俺がそうなるとはな」
玲が小さく笑った。その笑い方がどこか苦しくて、私はつい聞いた。
「本当によかったの?」
昨日、玲から家を捨てるという決意を聞いたとき、驚いた。嬉しかった。でも、本当にそれでいいのかと悩む自分もいた。
楓さんのことはおいておき、今までずっと二階堂を継ぐために頑張ってきたのに、今更一からやり直しだなんて。食生活も、住むレベルも、全てが違う世界に飛び込んで、彼は苦しまないのだろうか。
玲は優しく微笑んだ。
「後悔は何一つないんだ。すっきりしてる。ただ、これからの生活に不安がないわけじゃない。何より、多分舞香に迷惑をかける」
「いや、私は」
「引っ越しして、まず俺は再就職先を探さないといけない。貯金はいくらかあるけど、今までよりぐっと給料は下がるだろうし、まず再就職先がいいとこを見つけられるかどうか……」
「馬鹿! 私も働くんだから大丈夫に決まってるでしょ、最悪養ってあげるから家事覚えなさい!」
勢いよく言うと、玲は目を丸くしてすぐに吹き出した。そして大きな声で笑いながら言う。
「さすが心強すぎるな! 男前かよ」
「だってそうじゃん」
「いや、気持ちは嬉しいけど、弟の学費もあるんだから俺も働くよ、どんな形でもな」
サラリと言ってくれたが、勇太の存在を家族と認めてくれているのが、とても嬉しかった。彼にとっては義弟となる勇太に、ちゃんとこれからの事を話さなければならないなとぼんやり考える。やることは山積みだ。引っ越し、玲の再就職、籍を私の方に入れること……私も復職の手続きをしなくてはならない。
ふと見ると、笑っていた玲が表情を暗くしていた。箸を持ったまま、ぼんやりしている。
「玲?」
「お前こそ……本当に大丈夫なの? 俺は舞香を騙して利用してた人間だし、あんな形で始まった結婚を、このまま継続させて。金も地位も無くなったちゃったし」
それを聞いてムッとした。隠してた件はいいって言ったじゃないか。何度も同じことを言わせるな。
「だからいいって言ったじゃん、私が決めたことなんだから。そんな弱音吐くより、『舞香が大好きで仕方ないから一緒にいてください』ぐらい言ったらどうなの。私が好きになったのは二階堂の御曹司じゃなくて、二階堂玲なの」
力強く言った。私は決して、玲のお金やステータスに興味があったわけではない。むしろ、最初は鼻につくなと思っていたぐらいだ。
彼を大事に思ったのはそんな理由ではない。