日給10万の結婚
 玲が柔らかく微笑んだ。私は、あっと思い出して彼に言う。

「でも浮気したら殺す」

「俺はそういうダサいことしないって前に言っただろうが。てか、殺すの言葉が怖すぎて」

「法に触れないように殺す」

「やめろ」

 玲が大きく口を開けて笑った。私もつられて笑う。残っていたご飯を口に入れ、お箸をおいた。玲も食べ終わり、行儀よく終わりの挨拶をした。二人して空になった皿をシンクへ運んでいく。

「あーやることが盛りだくさんだな。何から手を付けよう」

「私、まずはネットで物件見てみるよ。明日不動産屋行ってみない? 畑山さんの授業もなくなるわけだし、いまなら時間あるから色々やってしまいたいんだ。引っ越し先とか見つけてから復職の手続きしようかなあ」

「引っ越し会社も頼まないとか。同時進行で俺は仕事も探そう、知り合いに紹介してくれるやつとかいれば一番なんだけど」

「玲顔広そうだもんね。でもマミーたちを恐れて何もできない人多いんじゃない?」

「それは言えるなあ。あーでも、一番最初にしなきゃいけないことが」

「なに?」

 持っていたお皿をシンクに置く。水をかけ、さて洗おうかと腕まくりをした時、突然玲が後ろから抱きしめてきた。急な事にぎょっとし、体が固まる。

 五か月もルームシェアしてきただけの私達。こういうの、なんか、変。

「玲?」

「よし、寝室に行こう」

「玲!?」

「皿は俺が明日朝洗ってやる」

 戸惑いながら振り返って瞬間、悪戯っぽく笑う玲が一瞬見えたかと思うと、すぐに口を塞がれた。慌てふためていていると、そのままひょいと持ち上げられる。だが残念ながら、お姫様抱っこではなく、肩に担がれた状態だ。

「ちょっと! 私は荷物か!」

「お前軽いな、もっと食ったら?」

「せめてお姫様抱っこして!」

「お前がお姫様なんてキャラかよ」

 笑いながらそのまま寝室へ入り、ベッドに投げ込まれる。軽い衝撃が体を襲う。上半身を起こしてみると、すでに目の前には玲が迫ってきていた。

 なんとなく、ずるずると後ずさりしてしまう。背中が冷たい壁にぴたりとついた。玲は更に私に近づき、不満げに言う。

「いやなんで逃げる?」

「なんとなく」

「だって夫婦なんでしょ俺たち」

「まあ、そうっすね……」

「こっち見ろ」

 玲から視線を逸らしたままの私の頬を、手で挟んで正面に向けさせた。すぐ近くに玲の顔があるのが、とてつもなく恥ずかしかった。
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