日給10万の結婚
「入籍記念日は五か月前だけど、結婚記念日は今日かな俺たち」

「複雑……」

「さ、ではいざ」

「あー! ちょっと待って! ちょっとだけ!」

「なんだよ」

「なんていうかさあ! ほら、いつもの関係性に慣れてるからさ、なんか、今更玲とこういうの、変なんだよ……」

 これだ、あれだけゴリラとか性悪男とか言い合ってた小学生みたいな私たちが、急に夫婦っぽいことをしだすのが違和感なのだ。言ってしまえば、恥ずかしい。

 だが玲は分かりやすく顔を歪めた。

「はあ? ふざけんな、俺はずっとこういうことで頭一杯だったっつーの」

「ええ、玲ってむっつり?」

「堂々としてるからむっつりじゃねえだろ。オープンだ。覚悟を決めろ」

「覚悟ってさ」

「お前な」

 玲は苛立ったように私を壁に押し付けながら、口を塞いだ。長くそのままキスを重ねた後、一旦顔を離す。恐らく真っ赤になってしまっているであろう私の顔面は、とにかく熱い。

「うるさすぎ。ムード作らせろ」

 ムードのない運び方をした男が何か言っている。

 私は無言で玲を見上げる。彼は真剣な顔をしていた。

「恥ずかしいとかじゃなくて、舞香が本当に嫌ならもちろん何もしないけど。どうする? やめる?」

 冗談を言い合える時間は終わったのだと、彼の表情を見て理解した。いい加減、私も腹を括らねばならない。

 それでも、沸騰しそうなこの状況で、彼の顔を見ることはできず、私は顔をそむけたまま小声で答えた。
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