日給10万の結婚
 同い年ぐらいの人だ。切れ長な目にすらっとしたスタイル、全体的に色素薄めな綺麗な人だった。顔だけ見たら女性と勘違いしてしまいそうなほど。

 その人は悲痛な声を上げた。

「まさか! 本当にあんなめちゃくちゃなやり方でお連れしたんですか!」

「ああ、タイミングばっちりでな、こいつ親が作った借金のせいで借金取りに連れていかれそうになってて、それを肩代わりしたから断れるはずもないからな」

 涼しい顔をして説明する玲と違い、目の前の男性は顔を青くさせた。そして私の方を見て、優しい声を掛けた。

「まさか、そんなことが? それで拒否できずにこちらへ?」

「は、はい、服部舞香と言います」

「あなた自身の借金ではないのに、そんなことに……なんと声を掛けていいか分かりません」

「ありがとうございます」

「ですが、かとってこんな無茶苦茶な話を受けるなんて……玲さんから話しをちゃんと聞きましたか? 婚約を破棄させるための結婚だなんて」

 声を荒げて怒るその人は、やはり事情を全部分かってくれているらしい。そしてどうやら、常識人らしく私の身を心配してくれているようだ。一気に好感度があがる、玲とは違い優しそうな人。

 玲がめんどくさそうに言った。

「もう決まったことだ、口出しすんな。舞香、こいつは俺の秘書兼昔からの世話係みたいな役割だ、小日向圭吾」

「秘書、兼世話係……?」

「子供の頃からずっと一緒だから兄弟みたいな感じでもある」

 本当に住む世界が違う、どっかの貴族じゃあるまいし、世話係なんているの? しかも子供の頃からだなんて。自分にはまだ知らない世界があるんだなと思い知った。

 玲は圭吾さんに言う。

「圭吾、俺婚姻届け出してくるから、こいつの世話よろしく」

「え、今から出しに行くんですか!?」

「早い方がいいだろ」

「ちょっと、せめてもう少し時間を置いてから」

 圭吾さんの言葉も無視し、玲は玄関から出て行ってしまった。わあ、凄い、なんていうか強引で我が道を行くタイプだなあ。周りの意見を聞きもしないのか。本当に癖のある男だよ。

 ぼんやり閉まった扉を眺めていると、圭吾さんが優しく声を掛けてくれた。

「舞香さん」

「あ、はい!」

「すみません、多分すぐに二階堂舞香さんになると思うので、なれなれしいですが舞香さんと呼ばせて頂きますね。どうぞ上がってください」

 丁寧な言葉づかいでそう言われ、私は顔がほころんだ。言われた通り靴を脱いで上がってみる。ピカピカの玄関に、自分の履き古した安物の靴はどう見ても浮いていた。それをいうなら、五十八円で買ったこの靴下だって、廊下を歩くのにはふさわしくないな。

「こちらへどうぞ」

 圭吾さんに案内され、長い廊下を抜ける。リビングと思しき部屋に入った時、眩暈を覚えるほどの広さと豪華さに圧巻された。

 モデルルームみたいな部屋だ。誰が座るんだというぐらいの大きなソファ、一目で高級と分かるテーブル。広さは私が住んでいたアパート何部屋分だろう。嘘でしょ、シャンデリアって一般の家にあるの? あんなもの、海外とか店とかだけじゃないの?
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