日給10万の結婚
「それ、圭吾さんが置いて行ってくれました」

「ああ、彼が……まあ選択は悪くないですが」

 そう言い本を置くと、私に向き直る。無表情で、なんだか冷たい感じがした。私は何となく背筋を伸ばす。

「簡単に事情を伺っています。間違ったところがあれば教えてください。玲さんと結婚されたとか?」

「ああ、まあそうです」

「あなた自身はごく普通の家庭に育っており、マナーなどはあまり習ってこなかったと。しかし玲さんとの結婚をご両親に認めてもらうために今から勉強をし始める、と。本当にこんな流れで合っていますか?」

「あ、一つ訂正が」

「ああ、はい?」

「ごく普通の家庭っていうより、結構なド底辺に育ってます」

 私がそう言うと、彼女は絶望したような顔つきに変わった。そして隠す様子もなく、はあーと大きなため息を漏らし頭を抱えた。

 え、そんなに? そんなにショック受けるところだったのだろうか? 私は首を傾げる。

 彼女はしばらく黙ったままだったが、すぐに顔を持ち上げた。きりっと眉を吊り上げ、私に言う。

「話には伺ってましたが正直驚きました、化粧もせず寝巻のような格好で飛び出してくるし」

「ああ、すみません。外には出ないし適当でいいって玲に言われたから」

「あの人と結婚した人がご両親が決めた方ではなく、一般家庭の女性と聞いてかなり驚いたのですが」

「玲を知ってるんですか?」

「私は元々、彼が小さな頃からついていた家庭教師です」

 なんと、玲のことも教えていたとは。それは確かに信頼できる。私は期待を込めた目で畑山さんを見たが、彼女はなんとも冷たい目をして私を見つめている。

「玲さんはとても厳しく教えました。ご両親がそれを望んでいらしたし、彼のためにもなると言って。幼少期から色んな知識や立ち振る舞いなどを詰め込んだものです。今彼がしっかりと二階堂で働いていること、私は誇らしく思っています。
 ですから驚きです。彼がこんな無謀なことをするなんて。いいですか、実は物事は大人に教えるより子供に教える方がよっぽど簡単なんです。それでまで染みついてしまった動きや考えを覆すのは大変難しいからです。今からあなたが玲さんの隣りに並べるまで成長させるとなると」

 言葉が詰まる。彼女は少し言いにくそうに、けれどもはっきりと言い放った。

「かなり難しいと私は思います。玲さんのご両親はたいそう厳しい方ですよ」

 私を真っすぐ見てそう警告してくれた畑山さんを見ながら、自分は冷静にその様子を考察した。気分を害してもいない。ただじっと観察した。
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