日給10万の結婚
 これ、違うな。意地悪で言ってるんじゃないな。直観的に考える。

 だってもしこの人が私の敵で、意地悪してやろう、っていうのなら、適当に教えればいいだけの話だ。お金は貰って手を抜いて、後は玲に『向こうの出来があまりに悪いから成長しない』とでも言っておけばいい話。でもこの人は初めから厳しいですよって、私に教えてくれている。

 悪い人じゃない、そう思えた。

 私はふ、と微笑み言う。

「畑山さん、あともう一つ訂正、といいますか追加が」

「はい?」

「私は確かにド底辺に育ってきた女です。貧乏だったしマナーとかそんなの教えてくれる人はいませんでした。生きていくうえで必要最低限の常識は、周りを見て自分で身に着けてきました。
 でも私は、恥じるような生き方をしてきた覚えはありません。ほかの人から見て底辺でも、誇りはありますし、ガッツだけはあります。
 今回の結婚は色々とこう、普通じゃないことは分かってます。でも私は決めたんです、大事な人のために死に物狂いで頑張るって。決して途中で投げ出したりしない、最後まであがいてもがくんだって決めてるんですよ」

 大事な人(勿論勇太)を強調して言った。相手ははっとした顔になる。多分、勘違いしてるだろうけど、私だって嘘は言っていない。

 玲の話を受けなければ勇太の将来もめちゃくちゃになるところだった。それだけは避けたい。私はここでどうしても三千万の働きをせねばらない。

 三千万。

 そう、日給十万! こうしてる今もお金が発生しているのである!!

「舞香さん……」

「そう! 私には引き下がれないわけがあります。絶対に手を抜けません(三千万のために)
 何が何でも頑張るんです(三千万のために)
 この世で一番大事な人を守るために!(勇太と三千万のために)」

 しん、と沈黙が流れる。

 私の決意は固い。いや、てゆうか逃げることも出来ないんだから頑張るしかないじゃないか。風俗沈められたり臓器売られるより、ここで死に物狂いで頑張った方がずっといいのは誰が見ても分かる。

 畑山さんは困ったように視線を落とした。

「あなたの決意がいくら固くても、あのご両親相手では」

「優しいですね。私に警告してくれてるんですね? 適当にやることもできるのに、ちゃんと玲の力になろうと思ってくれてる証拠ですね!」

 私はにっこり笑った。

 しばらくたったところで、畑山さんがはあと息を吐いた。ずっと吊り上がっていた眉は下がり、少しだけ口元を緩めた。

「そうですか……すみません、初対面で失礼なことばかり」

「いいえ。優しさからだって分かってます」

「なるほど。性格は前向きなようですね」

「ええ、簡単にはくじけませんよ」

 私はガッツポーズをして見せる。少しだけ畑山さんが笑った。だがすぐに、しゃんと姿勢を正す。つられて自分も背筋を伸ばした。

 再度きりっとした表情に変わった彼女は、淡々と言った。

「では私も全力で行わせて頂きます」

「はい、スパルタでお願いします!」

「言いましたが厳しいと思います。あなた次第です」

「はい!」

「そうですね……何から始めましょうか。まずは姿勢、でしょうね。立ち姿だけで一流の人間とは分かるものです。まずはそれを意識して立って」

 マナーでもなんでもなく姿勢からとは。さすが、全てにおいて私という人間を塗り替えなければならないようだ。私は一度呼吸を落ち着けた。そして言われた通り、姿勢を意識して立ってみる。
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