日給10万の結婚


 
 翌日、玲と二人で初めて外出した。

 あのワンピースを着て必死に着飾ったつもりだが、家を出て二十分でその努力は水の泡となった。なぜなら、すぐに美容室に連れていかれ、髪からメイクからやり直しさせられたからだ。こんなところに来るなら初めに言っておいてほしい。昨晩圭吾さんが予約、とか言っていたのはこのためか。

 プロに磨いてもらった姿を見せると、玲は初めて満足げに頷いた。その足で買い物に出かけた。洋服は勿論、靴に鞄、アクセサリー。下着も買うとか言い出した玲と、嫌がる私は口論になった。なかなか折れない玲に痺れを切らし、人目が付かないところで足を蹴り上げた。こちらを睨みながら怒る玲と話し合い、下着はネット注文することに話がまとまる。

 それからスマホも買い替え、結婚指輪まで購入した。まさに頭のてっぺんからつま先まで変身させられた私は、とにかく姿勢や佇まいを意識して過ごした。今までの自分とは違う、二階堂舞香として生まれ変わったのだと言い聞かせ、貧乏だった自分は封印した。

 そのいで立ちに玲はそれなりに満足していた。私達はそのまま多くの買い物を済ませ、夜になると高級店にディナーに入った。



「死んだ」

 周りに人がいない席に通され、玲と向かい合って座ったところで、私はそう笑顔で呟いた。勿論姿勢は崩していない。表情も格好も完璧なまま、口から弱音だけ吐いた。

 玲はにやりと笑う。

「死んでない、生きてる」

「こんな格好で高級店を回って背筋伸ばしてニコニコ頬引きつらせて、私の筋肉はみな死んでいる」

「本日最後の仕事だ、頑張れ」

 玲は何だか楽しそうに笑っている。その失礼な男を睨みつけたかったが、今日一日過ごしてみて、彼がどれほど完璧なのか思い知らされた。

 立っているだけで目を引く。すれ違う女たちが横目でチラチラと見ているのを私も気づいていた。いい物を選ぶ目利きも、エスコートの仕方も、どれも彼は完璧だった。今だって、スマートに注文を済ませ、ワインを飲んでいるだけなのに悔しいぐらい絵になっているのだ。

 これが生まれた環境の違いか。

 赤ワインを少し口に含み、アルコールでこの筋肉の疲れを誤魔化したいと思った。ここで食事を終えたらあとは帰るだけだ、食事のマナーは実践が初めてだが、見ているのは玲だけだし何とかなるとも思う。

 前菜が運ばれてくる。私はやや緊張しながらも、畑山さんにしごかれた成果を生かすべく落ち着いて食事をする。玲は涼しい顔をしながら食べているが、私の方を見てにこりと笑った。

「やるな。今日一日の動きを見ていても、一週間前とはまるで違う、思った以上の成長ぶりだ。中々高得点だ」

「ふふふ、畑山さんに厳しく育てられたのでね」

「だが俺を蹴ったことで-五十点だ」

「玲が私の下着を選ぶだとか言い出したからでしょ!」

 声を潜めながら非難する。彼は涼しい顔をして言い返した。

「穴が開いてるインナーを着てるからだろ」

「だからって」

「まあ、胸のサイズを知られるのが悲しいっていう女心は気づけなくて悪かった」

「サイズが全てだと思ってるなんて、二階堂も浅はかね」

「飲めるならどんどん飲め。今日は褒美でもある、美味い物は人間を元気にさせるからな」
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