日給10万の結婚
 玲がにやっと笑いながら言った。私を目を座らせる。

「あのね、挫けないっていうのと緊張しないは全く別物なの。ガッツはあっても緊張はするし不安は持ってるの! そういうところ察しなさいこの神経図太い人間!」

 私が怒ると、なぜか彼は感心したようにほーっと声を漏らした。その様子がまたこちらの神経を逆なでさせる。この男は私を苛立たせる天才のようである。

「なるほど、そういうもんか。お前も緊張とかするんだな」

「なんてったって三千万の仕事だからね」

「いい心がけだ。前も言ったが俺がフォローしてやるんだから胸張ってろ。サイズは誤魔化せないが気品は出る」

「一言余計なんだよ」

「出るぞ。圭吾、車よろしく」

 私の言うことが伝わったのかどうなのか? 玲は気遣う様子もあまりなく、さっさと家から出て行ってしまった。私は盛大なため息をつき、彼の背中を追うしか出来なかった。




 車がたどり着いたのは、有名ホテルだった。

 エントランス前に停められた車の中で、私は手のひらに人という文字を三回書いて飲んでいた。こんなことするの小学生ぶりだ。空気も飲み込んでしまい喉の圧迫感と戦いつつも、私は必死に自分を落ち着ける。

 運転席に座った圭吾さんが振り返った。

「大丈夫です。今の舞香さんは誰が見ても素敵すぎる女性です。そのままで行けば失敗するなんてことありませんよ。自信もって」

 目を細めてにこやかに言ってくれる圭吾さんに、つい胸がぎゅっと掴まれたようになった。ああ、彼ってなんて優しくてほしい言葉をくれる人なんだろう。あの玲と長年付き合ってきただけのことはある、気遣いも出来るし優しい。

「圭吾さん、ありがとうございます……一気に自信が出てきました!」

「残念ながら僕は中に入れないんです。舞香さんの様子を見たかったです。でもすぐそばで待機はしていますからね」

「ああ、百人力です、ありがとうございます!」

 そして彼は車から降り、ドアを開けてくれた。まず玲が降りる。そして、私の前に手を差し出しエスコートしてくれた。私は慣れた様子(を装いながら)その大きな手を取った。

 玲は小声で言う。

「初日のお前と比べると随分変わったな」

「当たり前よ。この二週間どれだけしごかれたと思うの」

 しっかり前を向き、姿勢を意識したままで答えた。彼の隣りに堂々と立つ。玲は微笑んで頷いた。

「さ、行こう」

 その言葉で、私達はついに足を踏み出した。

 ホテルの大きな正面玄関を通る。ゆっくりとした歩調で歩きながら、私は小さな声で尋ねた。
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