日給10万の結婚
「ようやく紹介できます。妻の舞香です」

 私は引きつりそうな頬の筋肉を叱咤し、自然な笑顔を作り出した。ええ、笑顔のつくり方すら畑山さんに指導されたのだ、ここで失敗してたまるもんか。

「ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。舞香と申します」

 二人の目が私を見る。その様子を見て瞬時に悟った。

 これ、厄介なのは母親の方だな。

 父親は、厳格そうだ。だが、厳格を装ってる感じがする。眉を顰めて私を見ているが、どこか『こうしなければならないからしている』感が出ているのだ。思い通りにならなかった息子に呆れはあるものの、恐らく時間をかけて話せば折れそうなオーラを感じ取れる。

 問題は、その右隣にいる方だ。

 非常に冷たい目だ。軽蔑と、呆れと、敵意に満ちた目。女の敵は女とよく言うが、まさにそうかもしれない。

 玲が言った。

「言ったと思いますが、舞香は散々二人にご挨拶を、と言ってくれたんですが、私が強行突破しました。そうでもしないと結婚出来ないぞ、と言ってね」

 私は頭を下げる。

「お二人に何も相談なく、このような形になってしまったこと、深くお詫び申し上げます。ですが、玲さんに相応しい妻になれるよう努力いたします。どうぞよろしくお願いいたします」

 二人は何も答えなかった。

 そんな私たちを、背後から多くの人たちがじろじろと観察している。やめてくれ、背中に穴が開きそうだ。でもまあそりゃ面白いだろうなあ、こんな光景普通見ないもんね。

 気まずい空気がしばらく流れたあと、それをかき消すかのような明るい声が響いた。中年おじさんのようだ。

「おお、噂の玲さんの奥様ですか!」

 振り返ってみると、六十ぐらいに見えるおじさんが陽気な顔をしてこちらに近づいてくる。脳内の資料集が音を立てて開いていくのを感じた。あれは確か……風沢グループの社長だ。規模としては大きな会社だし、仕事上とても大事にしている相手だと読んだ。

 風沢さんはにこやかな顔をして私たちの前に立った。てっきり好奇心丸出しで近づいてきた人かと思っていたが、もしかして気まずい雰囲気の私達の助けに入ったのだろうか。決して私をじろじろ見ることはなく、どこか優しい目の色をしていた。
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