日給10万の結婚
 おばさんが言ったのを聞いてハッとする。楓? 楓って、まさか。

 すっと誰かがこちらに歩み寄った。赤いドレスを着た、非常に目を引く女性だった。

 しっかり巻いた髪に伸ばされたまつ毛。光る唇の横に、ホクロがあるのが印象的だった。それに、着ているドレスの胸元は派手に開いている。

 甘たるい声で、楓と呼ばれた人は玲に挨拶をした。

「玲さん。ご無沙汰しております、あなたと結婚するはずだった楓です」


 このまま意識を失って倒れたい、と思った。


 元婚約者までもが来ているなんて聞いていない! いや来るはずじゃなかったのに無理やり参加したということだったか。それにしても心の準備はまるで出来ていない。

 強張ってしまう頬を必死に緩ませながら、私はちらりと玲を見た。彼もやや困ったように眉を下げている。

 ていうか、元婚約者さん、滅茶苦茶美人じゃない??

 あと胸おっきくない!? メロンとか入ってるのだろうかってぐらいなんですが、玲は一体なんであんなに嫌がっていたの!?

「……楓さん。この度は申し訳ありませんでした」

「楓と呼んでくださいって、何度も言っているはずです」

 楓さんはそういじらしく言った。ああ、視線が痛い。周りからの視線が刺さりすぎて多分今ドレスを脱いだら傷跡になってる。そりゃこんな面白い絵、見逃してたまるかと思うだろう。

 元婚約者と今の妻。初めての対面である。

 会場中が私たちに注目していると言っても過言ではない。
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