日給10万の結婚
突然知らない声が割り込んだ。全員が声の方を向く。それは玄関の方から聞こえてきた。
一人、若い男が立っていた。背が高くスーツを身にまとっている。きりっとした顔立ちはどこか威圧感を感じるほど整っており、私はてっきり髭たちの仲間がやってきたのかと思った。
だが、その考えはすぐに吹っ飛んだ。男が着ているスーツは、チンピラみたいな男たちとはまるで違う、高級感溢れるものだったのだ。上品で綺麗なスーツは、男前な彼に非常に似合っていた。
「外まで丸聞こえ。うるせーのなんのって」
「誰だ? お前」
きょとんとして言ったのを聞いて、何も関係ない人なんだと再確認する。かといって、私の知り合いでもない。突然現れたこの人は一体、誰なのか。
彼は余裕のある動作で靴を丁寧にぬぐと、眉を顰めて周りを見渡す。
「ひどい家だな、震度三くらいで崩れそう」
はあとため息をつきながらこちらに歩み寄った男は、無言で髭が未だ握っている紙をぶんどった。怒りだす髭たちにびくともせず、彼は涼しい顔で言う。
「三千万。たったこれだけで人生棒にふらなきゃいけないなんて哀れな人間だな」
そう言い捨てた彼は、胸ポケットから何かを取り出した。全員が無言でそれを見守る。彼は指先でつまんだ名刺らしきものを、男に差し出した。二人はぽかんとしながらも、同時に受け取った名刺を覗き込む。
「げ、二階堂グループって、あのバカでかい会社の?」
「あ、俺雑誌だかなんだかで見たことあるわ、間違いなく本人だ」
男たちの言葉に、彼はにっこり笑った。
二人は驚きの顔で私を見てくるが、そんなやつらに私も驚きの顔で返した。二階堂グループは私も知っている、だがそれは一般人の知識としてあるだけだ。なんの関わりもないし、一体なぜそんな人がここにいるのかさえ分からない。
彼は、私の肩に置かれた馬の手を払った。そして淡々という。
「ちょっと君たち二人に話したいことがある。借用書持ってこっちに来い」
「はあ? 誰に指図してんだお前」
「いいから来いっつってんだよ」
声を低くさせて男が言った。ぎろりと睨みつける目元に、私の心臓までもひゅんと冷えた。二人も一瞬顔を固めた後、舌打ちをして部屋から出て行く。そのまま三人揃って、私のアパートから出て行ってしまった。玄関の扉も閉められる。
残された私と勇太は、何が起こったのか分からずただ茫然としていた。
「姉ちゃん……知り合い?」