夫婦ごっこ
「うちの子のベビー用品いろいろ取ってあるんだけどね、かさばるしそろそろ処分しようと思ってるの。でも、もし義昭くんたちがお下がりで欲しいものあったらあげようと思って。どう? いる?」

 親切心で言ってくれているとわかるが、それは奈央と義昭にはタブーの話だ。二人にそういう関係はない。結婚している以上、子供のことを考えていると思われるのは自然なことかもしれないが、そこには触れてほしくなかった。

「……姉さん、ありがとう。でも、それはゆっくり考えたいから遠慮しておくよ」
「そう。わかった」

 義昭はとてもやんわりと断った。その回答自体は当然のものだと思う。

 でも、いったい義昭はそれをどんな気持ちで述べたのだろうと隣にいる義昭にふと目を向けたら、そこには慶子たちには見えないようにして強く顔を顰める義昭の姿があった。

 その表情を見た瞬間、奈央は急激に心が冷えていくのがわかった。自分の想いを隠すことに長けている義昭がそれをできなかったのだ。余程耐えられないことだったのだろう。

 奈央のことはもう完全にそういう対象にはならないと示されたようで悲しくなった。あんなにも優しくしてくれるのに、大切にしてくれるのに、それでもそのラインだけは超えられないと言われたも同然だ。

 結局、奈央はまた絶対に報われない恋に足を踏み入れたのだと強く認識させられてしまった。もうこうなってしまっては義昭と穏やかな時間を過ごすことも難しいような気がした。
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