夫婦ごっこ
「奈央さん。私と夫婦になってほしいんです」

 聞き間違いかと思った。百歩譲って義昭とその姉が夫婦になるという話ならまだ納得できる。でも、今義昭は奈央に対して、夫婦になってほしいと宣った。

 義昭が奈央に特別な感情を持っていないことはわかっている。彼が今でも自分の姉に恋をしていることを知っている。だから、義昭がその提案をする意図がさっぱりわからなかった。

「……え? ……えーと、ごめんなさい。それはどういう? さすがにわかりますよ? 生方さんが私にそういう感情を持っていないことくらい」
「はい。奈央さんも私にそういう感情は持っていませんよね?」
「はい、そうですね。生方さんのことは好きですが、そういう好きではないですから」
「だからです。だから、夫婦になれると思ったんです。私たちは絶対に叶わない恋をしているけど、それをやめられません。このままだと一生独り身です。でも、私にも憧れがあるんです。自分の家庭を持ちたいという憧れが。いろんなものを一緒に分かち合って、つらいときには助け合って、生涯を一緒に過ごす家族が欲しい」

 そこまで聞いてようやく腑に落ちた。奈央も自分の将来を想像して怖くなったことがある。このままずっと一人で生きていくのかと。義昭は奈央よりも年上な分、その不安がより現実的なものになっているのかもしれない。だからといって、素直に受け入れられる話ではないが、それでもちゃんと彼の言いたいことを最後まで聞いてあげたいと思った。

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