夫婦ごっこ
「謝らなくていいですよ。よくわかりますから。家族を安心させたいと思ったことは私にもあります。それができなくて苦しい思いをしたことも。確かに家族を安心させるにはいい選択かもしれませんね……」
「奈央さん。少しステップを踏んでみませんか？　いきなり夫婦と言われてもきっとピンとこないですよね。だから、恋人から始めてみませんか？」
「え、恋人って……」

　夫婦関係を結ぶメリットについてはちゃんと理解したが、恋人になる必要性はないだろう。二人に恋愛感情はないのだから。周囲にばれないように必要なところだけ協力すれば済む話だと思う。

「もちろん本物という意味ではありません。夫婦ごっこの前準備です。生涯を共にするならもっと互いのことを知っておいたほうがいいでしょう？　だから、まずは一緒に恋人ごっこをしてみませんか？」
「恋人ごっこ……」
「絶対に奈央さんが嫌がることはしません。信頼関係を築いていく時間だと思ってください。一緒に過ごしてみて無理だと思ったら、いつでも解消してくれて構いません。どうですか？」

　要は試用期間を設けましょうという話だと理解した。確かにいきなり夫婦関係になるよりもハードルはずっと低い。どうせ他の誰かと恋人になることもあり得ないし、そのくらいならやってみてもいいかなと思う。

　それに普段は奈央のことをよく気遣ってくれる義昭がこれほどまでに押してくるのだから、余程奈央との関係を望んでいるのだとわかる。大事な友人がここまで望んでいるのなら、協力してあげてもいいかなと奈央は思いはじめていた。

「生方さん意外と強引なところありますよね……」
「奈央さんみたいな人に出会える奇跡はもう二度とないと思うので」
「まあ、ステップを踏めるならいいのかなー……」
「本当に？　じゃあ、今日から私とお付き合いしていただけますか？」

　義昭は右手を差し出している。どこぞの告白イベントみたいだ。その手を取ることにまったく躊躇いがないわけではないが、奈央はもうなるようになれと義昭の右手に自分の右手を重ねて握手をした。

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