夫婦ごっこ
「奈央さん、初デートですね。なんだかワクワクしますね」

 義昭はデート開始早々から嬉しそうな表情を浮かべている。今日が待ち遠しくて仕方なかったとでも言わんばかりに喜びがあふれている。ここまで楽しそうな義昭を見るのは初めてで、奈央は義昭のことをとてもかわいいなと思った。

「あはは。生方さん子供みたい」
「ずっと憧れてたから」
「まあ、それはわかります。一生できないかもしれないって思うと余計に憧れますよね」
「でも、もう憧れじゃないですね。ちゃんと現実でできました」
「そうですね。今日はめいっぱい楽しみましょう。手でも繋ぎますか?」

 恋人なわけだし、そのくらい普通かと思って提案したのだが、義昭は急に頭を抱えて大きなため息をついた。

「……はあ、だから、奈央さんは警戒心が足りないと言っているんですよ。私に下心があったらどうするんですか?」

 手を繋ぐのが嫌なのかと思ったがそういうことではないらしい。また奈央を心配してのことだったようだ。だが、信頼できる義昭にだからこそ言ったのであって、普段からこんなことを軽々しくしているわけではない。

「だって、生方さんにそれがないことわかってるから。別にいいじゃないですか、手くらい。お友達でも繋ぎますよ」
「は!? いや、ダメですよ。子供はともかく、大人の女性が友人だからといって、異性と手を繋いだら勘違いさせてしまいます」
「いや、繋ぐとしても女性の友人とですよ。それに男性の友人って生方さん以外いないですから」
「それ、私以外の男性の友人がいたら、その人とも手を繋ぐということですか?」
「いやいや、なんでそうなるんですか。私たち恋人同士なんでしょう? だからですよ。他の男性とは繋ぎません」

 義昭がとんでもなく飛躍したことを言いはじめたから、奈央は慌ててその言葉を否定した。

 手を繋ぎたがる女性の友人がいるからなんとなく口にしただけで、友人だからと誰彼構わず繋いでいるわけではない。絶対に自分は相手の好意に応えられないのだから、勘違いが生まれ得る人との距離感にはいつだって気をつけているつもりだ。義昭にはその心配がまったくないから手を繋いでもいいと思っただけで、他の人と同じようにするわけがない。

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