私があなたの隣にいけるまで、もうあと少し

「あの、カーディガンありがとうございました。私もう大丈夫なので」

 そう口を開くと少し怒ったような声色で彼は言った。

「無理しなくていいって。別に急いでないし。体調悪い時って心細いだろ、見知らぬ俺なんかがいても役に立たないと思うけど、良くなるまでゆっくりしてなよ」

「うん…」


 見知らぬ人なんかじゃないよ。私はずっとあなたを見てきた。こうやって親切にしてもらうのは、二度目だよ。あなたはきっとあの夏のことなんて忘れてしまっているとは思うけれど。私にとってあなたは、私に勇気をくれた人なの。あなたが毎日部活動を頑張っているのを知っている。だから私も、あなたの隣に並んでも恥ずかしくないよう、ピアノを今まで以上に頑張ろうって思えたよ。きっといつか、私に誇れる私になれるように、あなたに気持ちを伝えられる強さを持った私になれるように。私も頑張り続ける。


 どれくらいそうしていたのか、私は立ち上がると彼に頭を下げた。

「一緒にいてくれてありがとう、本当にもう大丈夫!」

「無理してない?」

 彼は少し心配そうな色を残しながら、立ち上がった私に尋ねる。

 どこまでも優しい人だ、と思った。

「うん!もうすごく元気になったから」

 そう笑ってみせると、彼も嬉しそうに笑った。

「そっか、良かった!」


 心臓がうるさいくらいに高鳴った。

 ああ、私はやっぱりこの人のことが好きだなぁ、と痛感した。

 憧れも少なからずきっとある。見ず知らずの私を気にかけてくれる優しさに、私もこんな人になりたいという気持ちになる。


 でもやっぱり結局は、恋心の方が大きいのだ。

 いつも元気で明るくて、部活動に真剣で。いつかもっとたくさんお話をしてみたい。私の話にどうやって返してくれるんだろう?どうやって反応してくれるんだろう。

 彼のことがもっと知りたくなった。


「水族館行くだろ?」

「うん」

「班に合流できるところまで見送る」

「うん!ありがとう」

 水族館までの道のりを私達は一緒に歩いた。


「ありがとう、えっと、椿、さん」

 そう聞こえるか聞こえないかの声でぽつりと呟くと、ちょっと前を歩いていた彼は振り返ってにっと笑った。


「おう!」



 きっと私達の運命が交差するまで、あともう少し…。



 終わり
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