妖帝と結ぶは最愛の契り
 案内されるまま弧月と床に上がり、寝室へと入る。
 敷かれた褥の上で、記憶よりやせ細った母が額を床に擦り付けそうな状態で頭を下げていた。

 何と声をかけようか。
 考えてきたはずなのに言葉が出てこない。
 近付き、膝を付いて薄くなった母の頭髪を見下ろした。

「……母さん」
「っ!」
「顔を見せて? 本当なら私はもうここに来てはいけないの。それを一度だけという約束で母さんに会いに来たのよ?」

 元は平民であっても、今は妖帝の妻で貴族と同じ扱いを受けている。
 子も産み、弧月の妻としての地位も確かなものとなってきている美鶴は平民のように人前に出ることはもうあってはならないのだ。
 それを無茶を言って会いに来た。
 時間もあまり取れない。

 だから顔を見せて欲しいと乞う。

「あ、ああ……」

 すると母は震えながら顔を上げる。
 回復してきたと聞いてはいたが、美鶴の記憶と比べると頬はこけ目も少々落ち窪んでいる。
 美鶴と同じ黒い目には、すでに涙が滲んでいた。

「み、つる……本当に、生きてっ」

 震える唇は「良かった」と言葉を紡ぎ、滲んでいた涙が零れ落ちる。
 涙と共に止めどなく零れた言葉はやがて懺悔となった。
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