妖帝と結ぶは最愛の契り
「かしこまりました。さ、美鶴様は私について来てくださいませ」
「あ、はい」

 貴人に様づけされることに違和感を覚えながらも言われるがままに付いて行った美鶴は、湯殿に連れて行かれて小夜によって身を清められ白小袖を着せられた。
 髪も梳かれ、小綺麗にされた美鶴は立派な部屋へと通される。おそらくここが時雨の言っていた宣耀殿なのだろう。
 その頃には日も完全に落ちていて、御簾越しに綺麗に円を描く満月が見えていた。

「では、主上が参られるまでもうしばらくかかると思いますがここでお待ちください」

 淡々と口にする小夜に、美鶴は「はい」と答えて少し迷ってからお礼を口にする。

「あの、ありがとうござ――」

 くぅ……。

「……」

 だが、言い切る前に腹の虫が鳴ってしまった。
 思えば今日は朝に残り物を口にしただけだ。少ない食事に慣れているとはいえ、夕餉も何も口にしないとなると流石に腹は減る。

(は、恥ずかしい)

 お礼を言おうとしていた所だというのに、それを中断してしまったことも決まりが悪い。
 そんな美鶴に、小夜は思わずというように「ふふっ」と笑った。

「主上がいらっしゃる前に軽い食事をご用意しますね」

 今まで頼まれた仕事をこなしているだけという印象だった小夜の笑みに、知らず緊張が解ける。
 彼女からは悪意も好意も感じなかったが、その笑みには優しさが垣間見えたから。
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