妖帝と結ぶは最愛の契り
「あのっ、ありがとうございます」

 今度こそお礼を言うと、「良いのですよ」と柔らかい声が返って来て彼女はこの場を去って行く。

 その後小夜の持ってきてくれた粥を頂き人心地ついた美鶴は、帳台の上に座りながら御簾越しの月を眺め、ぼう、と物思いに(ふけ)っていた。
 足を踏み入れることなど無いと思っていた場所に来ていることに、戸惑うよりもただただ不思議に思う。

(死ぬと思っていたのに、妖帝の妻となるなんて……)

 考えてみると有り得なさ過ぎて現実味がない。
 だが、数刻前に火に囲まれたことも生きたいと願ったことも現実で、助けてくれた主上に仕えたいと思ったのも事実だ。
 不思議には思うが、後悔などは一切ない。

(そうね……あの火の中で私は一度死んだのだわ。そして、あのお方に仕えるために生まれ変わった)

 今日は自分の新たな生の始まりなのだ。今までの人生とは決別しよう。
 走馬灯で見た母の記憶を思うとちくりと胸が痛むが、あの光景はもう二度と起こりえないものだ。
 これからは妖帝に仕えることに尽力しよう。
 美鶴はそう月を眺めながら密かに決意した。

 すると、衣擦れの音と共に月が(かげ)る。
 美鶴と月の間に、男の陰が入り込んだ。
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