妖帝と結ぶは最愛の契り
「散り落ちて 積もる紅紫(こうし)の (こぼ)れ萩 歩み進めん 宣耀(せんよう)の君」

 萩の花が散り、紅紫色の敷物の様な路が脳裏に浮かぶ。
 そこを宣耀殿の更衣である自分と歩きたいと詠んでくれているようだった。

 文字は読めなくとも、聞いて情景を思い浮かべることは出来るようになっていて良かったと思う。

(主上は、敷物のようになった萩の散り花を見たのかしら)

 実際に共に歩くことはないだろうが、こうして贈られた歌で同じ情景を思うことが出来る。
 それがまた、美鶴を幸福へと導いた。

「美しい歌ですね。返歌は……したためたいとは思っているのですよ? いつも」
「では何故?」
「……」

 率直に問うてくる時雨にまた言葉が詰まる。
 そんな美鶴へ助け舟を出すように小夜が声をかけた。

「美鶴様さえよろしければ私が代詠(だいえい)いたしましょうか?」
「いいえ、主上にはちゃんと私が詠んだ歌をお返ししたいわ」

 小夜に代詠してもらった方が(みやび)で素晴らしい返歌になると分かっているのだが、毎日約束通り花を贈ってくれている誠実な弧月には自分で詠んだ歌を返したい。
 だからと言って上手い歌を詠めるわけでもなく、結局今まで返歌をしたためたことがなかったのだ。
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