君のため、最期の夏を私は生きる
もしも、これが本当に夢だったとしたら。
ああ。なんて酷く生々しいリアルなのだろう。
その日、私は16年生きていて初めてドリームアドベンチャーランドに遊びに行くことになっていた。
世界的に大人気だと、テレビでも何度も取り上げられていたそこは、私にとっては幼い頃からずっと憧れていた夢の場所。
1ヶ月前から付き合い始めた彼氏が、私を誘ってくれたのだ。
最初、私は「申し訳ないから」と断った。
でも、この時すでにチケットを彼氏が買ってくれていた。
彼氏にはきっと、バレていたのだろう。
そういう風にすれば、私が断れないという事実を。
「な、行くだろ? 真白」
ちゃんと定期的に歯医者に行っている事が分かる、綺麗な前歯をにかっと見せながら、彼氏は私の手のひらにチケットを乗せた。
私は、やっぱりここで断るべきだった。
まず最初の私のミスは、どんなに考えてもここしかなかった。
でも、長年の憧れというものはある種の麻薬のように、私の気持ちを簡単に支配してしまう。
「行きたい」
見事に、私の心の奥底に眠っていた悪魔の囁きを、彼の前に引き摺り出してしまう。
「よし、決まり」
そうして、今までその願いが叶えられなかったのが嘘のように、あれよあれよと言う間に物事が決まっていった。
決行するのは、夏休み最終日の8月31日。
朝6時に待ち合わせして、8時から夜の閉園時間まで、何も考えずに遊ぶ。
たったこれだけの決め事が、私の心に希望の花を咲かせてしまった。
数年もの間我慢していた服のショッピングを、前日の8月30日に1人で楽しんだ。
この時の私は、珍しく彼氏の目だけを意識した。
流行が分かる雑誌を本屋で立ち読みしたのも、久しぶりだった。
私が知っている流行とは、もう大分雰囲気が変わっていた。
今できる、目一杯のおしゃれを頑張って、彼氏に可愛いと言われてみたい。
そんな乙女心が、自分の中に燻っていた事に驚いて、思わず笑ってしまった。
それが分不相応な願いだとは、まだこの時には気が付かないまま、数年振りにピンクのワンピースを買った。
この時、私はたった2つだけ、些細なミスをした。
1つは、この服を買った時に紙袋をもらってしまった事。
そしてもう1つは、チケットを部屋に置きっぱなしにしていた事。
どちらも、8月31日を後悔なく過ごしたいと思ったからだ。
ワンピースを汚したくないから。
チケットを落としたくないから。
何故そんなことを考えたのだろう。
もしかすると、こんな夢は二度と見られないかもしれないと、心のどこかで思っていたのだろうか。
せめてそれが、虫の知らせだと気づく事ができたならば良かったのに。
私が彼氏と無事に合流し、電車に乗るまではたった10分間。
それから、事が起きたのは2分後。
合計12分だけだったのだ。
ほんの小さな夢を見る事ができたのは。
その時私と彼氏は、椅子に横並びで座り、彼氏が持つ最新型のスマホでランドのWEBサイトを見ながら、この後永遠に閉ざされてしまう1時間後という未来のための計画を立てていた。
夢の終わりを告げたのは、名も知らない女性の叫び声。
顔を上げて、ようやく私は自らの愚かさに気づくことが出来た。
髪の毛もヒゲも生やし放題。
物語に出てくる鬼のモデルになったような容姿になってしまった、私がこの世界で最も長く、身近にいた人物が仁王立ちで立っていた。
「お、お兄ちゃん……どうして……」
ぽたり、ぽたりと私の膝に落ちたのは、見知らぬ誰かの赤い血。
生理の時にナプキンの上に落ちるどろりとしたものよりずっと、さらりとした触感が不気味だ。
そう思った瞬間、映画の悪役のように、私の兄、笠木要は、見たこともないサバイバルナイフを私に振り下ろそうとしていた。
ああ。なんて酷く生々しいリアルなのだろう。
その日、私は16年生きていて初めてドリームアドベンチャーランドに遊びに行くことになっていた。
世界的に大人気だと、テレビでも何度も取り上げられていたそこは、私にとっては幼い頃からずっと憧れていた夢の場所。
1ヶ月前から付き合い始めた彼氏が、私を誘ってくれたのだ。
最初、私は「申し訳ないから」と断った。
でも、この時すでにチケットを彼氏が買ってくれていた。
彼氏にはきっと、バレていたのだろう。
そういう風にすれば、私が断れないという事実を。
「な、行くだろ? 真白」
ちゃんと定期的に歯医者に行っている事が分かる、綺麗な前歯をにかっと見せながら、彼氏は私の手のひらにチケットを乗せた。
私は、やっぱりここで断るべきだった。
まず最初の私のミスは、どんなに考えてもここしかなかった。
でも、長年の憧れというものはある種の麻薬のように、私の気持ちを簡単に支配してしまう。
「行きたい」
見事に、私の心の奥底に眠っていた悪魔の囁きを、彼の前に引き摺り出してしまう。
「よし、決まり」
そうして、今までその願いが叶えられなかったのが嘘のように、あれよあれよと言う間に物事が決まっていった。
決行するのは、夏休み最終日の8月31日。
朝6時に待ち合わせして、8時から夜の閉園時間まで、何も考えずに遊ぶ。
たったこれだけの決め事が、私の心に希望の花を咲かせてしまった。
数年もの間我慢していた服のショッピングを、前日の8月30日に1人で楽しんだ。
この時の私は、珍しく彼氏の目だけを意識した。
流行が分かる雑誌を本屋で立ち読みしたのも、久しぶりだった。
私が知っている流行とは、もう大分雰囲気が変わっていた。
今できる、目一杯のおしゃれを頑張って、彼氏に可愛いと言われてみたい。
そんな乙女心が、自分の中に燻っていた事に驚いて、思わず笑ってしまった。
それが分不相応な願いだとは、まだこの時には気が付かないまま、数年振りにピンクのワンピースを買った。
この時、私はたった2つだけ、些細なミスをした。
1つは、この服を買った時に紙袋をもらってしまった事。
そしてもう1つは、チケットを部屋に置きっぱなしにしていた事。
どちらも、8月31日を後悔なく過ごしたいと思ったからだ。
ワンピースを汚したくないから。
チケットを落としたくないから。
何故そんなことを考えたのだろう。
もしかすると、こんな夢は二度と見られないかもしれないと、心のどこかで思っていたのだろうか。
せめてそれが、虫の知らせだと気づく事ができたならば良かったのに。
私が彼氏と無事に合流し、電車に乗るまではたった10分間。
それから、事が起きたのは2分後。
合計12分だけだったのだ。
ほんの小さな夢を見る事ができたのは。
その時私と彼氏は、椅子に横並びで座り、彼氏が持つ最新型のスマホでランドのWEBサイトを見ながら、この後永遠に閉ざされてしまう1時間後という未来のための計画を立てていた。
夢の終わりを告げたのは、名も知らない女性の叫び声。
顔を上げて、ようやく私は自らの愚かさに気づくことが出来た。
髪の毛もヒゲも生やし放題。
物語に出てくる鬼のモデルになったような容姿になってしまった、私がこの世界で最も長く、身近にいた人物が仁王立ちで立っていた。
「お、お兄ちゃん……どうして……」
ぽたり、ぽたりと私の膝に落ちたのは、見知らぬ誰かの赤い血。
生理の時にナプキンの上に落ちるどろりとしたものよりずっと、さらりとした触感が不気味だ。
そう思った瞬間、映画の悪役のように、私の兄、笠木要は、見たこともないサバイバルナイフを私に振り下ろそうとしていた。