幸せな音
良縁
地下鉄の乗り換え通路。二十前後といったところの女性が屈んで何かを探している。端から見れば装飾品でも落として、それを慌てて探しているように見えるだろう。
彼女の名は早稲田 信愛。若年発症型両側性感音難聴という不治の耳病を抱えており、補聴器がなければ日常生活もままならない。そんな必需品を通行人との接触事故で落としてしまった。ぶつかってきた通行人は何の謝罪もなく走り去ってしまった。
ああ、もう最悪。顔を俯けていると涙が零れてきそう。これで独りめそめそ泣いてしまったらどれほど惨めなのだろうか。もう諦めて左耳の補聴器だけを頼りに帰ってしまおうか。
「すみません」と男性の声が突然左耳から聞こえてびっくりして肩を跳ねさせる。泣きそうな顔を見られないよう顔を俯けながら立ち上がって「……すみません」と謝罪して壁際に寄った。
いつまで経っても通り過ぎようとしない彼をもう一度よく見たら手を差し出していた。彼の掌に掬われていたのは信愛の補聴器だった。
「えっ、どうして……!」
「そこに落ちていましたよ」
彼女の名は早稲田 信愛。若年発症型両側性感音難聴という不治の耳病を抱えており、補聴器がなければ日常生活もままならない。そんな必需品を通行人との接触事故で落としてしまった。ぶつかってきた通行人は何の謝罪もなく走り去ってしまった。
ああ、もう最悪。顔を俯けていると涙が零れてきそう。これで独りめそめそ泣いてしまったらどれほど惨めなのだろうか。もう諦めて左耳の補聴器だけを頼りに帰ってしまおうか。
「すみません」と男性の声が突然左耳から聞こえてびっくりして肩を跳ねさせる。泣きそうな顔を見られないよう顔を俯けながら立ち上がって「……すみません」と謝罪して壁際に寄った。
いつまで経っても通り過ぎようとしない彼をもう一度よく見たら手を差し出していた。彼の掌に掬われていたのは信愛の補聴器だった。
「えっ、どうして……!」
「そこに落ちていましたよ」