幸せな音
 少し離れたタイルを指さして彼は優しく微笑んだ。信愛は張り詰めていた緊張の糸が切れたのか涙腺が決壊した。

「だっ、大丈夫ですか!?」

「すみません、違うんです」

何が違うというのか。くそ、涙、止まれ。止まってよ。こんな人前で、みっともないにも程がある。

「その、どこを探しても、見つからなくて、もう見つからないんじゃないかって……」

 ああ、もう何を言っているのか。こんなの言い訳にすらなっていないじゃないか。ただひたすらにこの涙が早く止まってくれる事を祈った。

「あの、よかったら通路の先にベンチがあるので……」

 一瞬迷った。正直今すぐトイレに駆け込んで気が済むまで泣きたいくらいだが……彼の親切を不義理で返したくない。

「……はい、ありがとうございます」

 涙で霞んだ視界の中でも彼の背中はしっかりと見えた。彼の気遣いが温もりとなって心に染み自然と頬が緩んだ。ベンチで休むと涙はすぐに止まった。信愛はハンカチで涙を拭ってすぐ親切な彼に向き直って心を込めて頭を下げた。

「あの、色々と親切にしてくださり本当にありがとうございました」

「いえいえ、見つかってよかったです」
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