幸せな音
 彼はなんでもないように笑った。できれば何かお礼をしたいくらいだが、きっとこんな申し出彼を困らせるだけだ。次の電車が到着するまで五分弱、世間話でもしよう。

「そういえばこの補聴器が私のだってよくわかりましたね?」

「実は補聴器の販売店員をしていまして、それであなたの探される様子を見てピンと来たといいますか」

 彼は少しだけ得意げに笑った。

「すごいです……! お店はどこかお聞きしてもっ?」

「はい、ああ、もしよければ営業用の名刺が」

「ありがとうございます!」

 やった! 店のみならず名前まで教えてもらえるなんて!

相良(さがら)優武(ゆうむ)さん……あっ、申し遅れてすみません! 早稲田信愛です!」

「これはご丁寧に」

「あの、今度お店に行ってもいいですか?」

「はい。私で良ければ誠心誠意対応させて頂きます」

 あの日あの時あの場所で補聴器を落として本当によかった。
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