幸せな音
 まだこの耳は人の声が拾えるのか。いや、優武にプレゼントしてもらったこの補聴器の機能が優秀なだけか。信愛はのっそりとした動作で声をかけてきた女性を一瞥する。小柄な女性。信愛と同年代くらいに見える。

「……どうぞ」

「ありがとうございます」

 彼女は隣に座ると「私、桜守 景っていいます。よろしくお願いします」と聞いてもいないのに自己紹介を始めた。

桜守は最近この町に越してきたのだという。簡単な身の上話を終えれば今日はいい陽気だとか、微風が気持ちいいとか、信愛の補聴器が桜の花びらみたいにきれいだと褒めてくれもした。信愛が無反応でいるのに、彼女は楽しそうにとりとめもない世間話を振ってくる。この人は一体何がそんなに楽しいのだろうか。

「……楽しいですか、私に話しかけて」

「……ごめんなさいね。本当はあなたがあまりにも辛そうだから、心配でつい声をかけてしまったの」

 心配? この人に私の何がわかるの?

「……桜守さん、ご結婚は?」

「はい、夫とは連れ添ってもう七年になります」
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