幸せな音
 景はこの町に立ち寄ってすぐ信愛の悲痛と絶望の叫びが聞こえた。押っ取り刀で信愛の元に駆けつけるとあまりの悲しみの深さに頭痛と眩暈がしたほどだ。

 彼女の心の絶叫を間近で感じれば、つい最近最愛の人を喪った事はすぐにわかった。ここまで追いつめられた精神状態の人は大抵何を言っても言葉は届かない。信愛に直接アプローチするのではなく、ボランティアの訪問カウンセラーとして信愛の家族から地道に信頼関係を築いていくしかない。

 それがわかっているはずなのに景は信愛の隣に腰掛けて自己紹介をする。

 当然だ。だって景は知っている。最愛の娘を喪ったあの絶望を。冷たくなった小さな身体を抱き抱えながら泣き崩れた悲泣の味を。後悔と絶望、自責の念で身も心も八つ裂きにされるような激痛を。ああ、ついこの間の事のように思い出せる。

だから信愛の悲しみと絶望と嘆きを前にして、外堀から丁寧に埋めていくような遠回りなんかできない。
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