幸せな音
 景に手を引かれながら、優武の気配がする方へ歩いていく。優武が、あんな、狂おしいほどまで信愛の事を思ってくれていたなんて。彼の言葉通り一目惚れだったのだと今なら実体験したように伝わる。嬉しくてわけがわからないくらい泣いてしまう。景がいなかったらきっと前に進む事もできなかっただろう。

「大丈夫、信愛ちゃん? ちょっと休憩する?」

「ううん、もっと優武くん、感じたい……!」

「よーし! どんどん行くよ!」

 景に身を委ねて、信愛は優武をより感じとれるように感覚を研ぎ澄ませる。もう景の問答は必要ない。優武の思念がどんどん信愛の中に流れ込んでくるのがわかる。



 早稲田信愛さん……彼女の笑った顔が忘れられない。どうしてしまったんだ僕は、まさかこれが恋というヤツなのか!? どうしよう、初めての経験だ……。

 休日、早稲田さんと出会った連絡通路を何度も往復して、さらに彼女が降りた駅のベンチで時間を潰す。これは客観的に見て普通に気持ち悪くないか?

 こんなんじゃあダメだ。早く彼女の事を忘れないと。そう思っていたら早稲田さんが僕の店に通うようになってしまった……。何とかして僕の魔の手から彼女を守らないと。

もう我慢の限界だ。大事なお客様の個人情報を私的に利用するなど普通に犯罪だ。早くこの恋を終わらせないと。告白でも何でもして、彼女に振られて潔くこの恋を終わらせないと。

 どういうことだこれは!? 食事に誘ったら普通にOKされてしまったぞ!? 絶対にやんわりとお断りされてこの儚い恋が終わると確信していたのに!?
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