幸せな音
 信愛は傷だらけのペアリングを取り出して右手の薬指に()める。優武が生前身に着けていた指輪だ。信愛は祈る様に優武のペアリングにキスをする。優武の温もりを感じる。きっと今彼に抱きしめられている。不思議と緊張が和らいでいく。

 駆けつけてくれた看護師に付き添われて陣痛室に移動する。

 陣痛室ではストレッチやスクワットをしようと決めていたのに実際は痛すぎてそんな余裕はなく、ベッドから立ったり座ったりするので精一杯だった。

 それからたっぷり6時間苦しんだ。もう朝日が昇る。とても眠る余裕はなかったが、せめて何か食べて体力をつけないと。ダメだ、食べても飲んでもすぐに吐いてしまう。仕方がないから点滴だけで栄養補給を済ませる。

 さらに12時間陣痛の痛みと戦う。どんどん陣痛の間隔が狭まってきている。日が沈む頃にようやく子宮口が全開となり分娩室へ移動するよう言われる。

 え? うそでしょ? 分娩台まで自力で歩いていくの?

点滴スタンドを杖替わりにして、うおおおおお死ぬぅぅぅう、と声にならない雄叫びを上げながらなんとか分娩台に上がって備え付けのバーを握って全身全霊でいきむ。
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