氷の女と呼ばれた私が、クソガキ御曹司に身も心も溶かされるまで。
「しかし、見合いはしてもらわないと困ります。もうセッティングは完了しているので。」
阿良々木の野太い声に、聞こえないフリで応じる。
すると、今度はやや語気を強めて「天霧星羅(あまぎりせいら)さん。」
そう呼ばれれば、私も面を上げないわけにはいかなかった。
阿良々木が私をフルネームで呼ぶ時は、私に正規の命令を下す時だ。
案の定、そうだった。
「今夜、ウチの息子と見合いして下さい。これは業務命令です。」
「業務命令であれば仕方ありません。」と、私はタブレットのカバーを閉じ、今度はすんなりその話を引き受けた。
業務命令ということは、これは仕事ということだ。
仕事ということは、つまり、時間外勤務手当が出るということだ。
プライベートでないのなら、仕事人間の私が断る理由はない。
かくして、氷の女こと天霧星羅は、急遽見合いに臨むことになった。
阿良々木は14番目の息子の情報を私に提供しようとしたが、私は自分の見合い相手にこれっぽっちも興味がなかったので、事前情報は不要と断った。
話を仕事に戻し、本日のスケジュールをボスに伝える。
「この後、本社の役員共と経営戦略会議。連中の弛んだ尻を蹴飛ばしてやって下さい。移動中の車内では香港の龍頭に電話をお繋ぎしますので、彼と話を。それから、若手社員と親睦を深める為のランチミーティングを予定していましたが、これは私の独断でキャンセルしました。」
「私、若手の方々とお喋りするの、楽しみにしてたんですけど。急にキャンセルなんかして、彼らもガッカリー…。」
「ご安心下さい。先程メールでキャンセルの旨を伝えたところ、すぐに万歳三唱の顔文字が返ってきましたので。御礼なら結構です。彼らが万全の状態で職務を果たせるよう、不要なストレスを排除するのも、私の務めですから。」
「もしかして、私が『氷の女』と言ったこと、早速根に持ってます?」
「まさか。そんなことより、あなたには至急の予定が追加されました。」
「何ですか。」
やや警戒の色を露にした阿良々木に、私は氷の女っぷりを存分に発揮して告げる。
「今夜私に泣かされるであろう14番目の御子息の為に、失恋パーティーの手配をお願いします。」