氷の女と呼ばれた私が、クソガキ御曹司に身も心も溶かされるまで。




1日の業務を終え、着替えに戻ることなくパンツスーツ姿のまま、指定された見合い会場へと向かう。

場所は高級ホテルの最上階に位置するレストランだった。

VIP専用のエレベーターに乗り、緩やかに地上から離れてゆく。

エレベーターはガラス張りになっていて、そこにはこれから見合いに臨むとは思えない女の姿が映っていた。

黒の長髪を1つに結び、色気の欠片もない服装に身を包んだ、無表情の女。

そのサービス精神皆無の姿からは、今回の見合いを成功させるつもりは微塵もないという女の意気込みがひしひしと伝わってくる。

焦点を変えると、女の顔が消えて、今度は東京の夜景が眼下に広がった。

この『絶景』ともしばしお別れだ。

明日、私は阿良々木と共に日本を発ち、カタールを経由して中東に入る。

順調にルートを進むことが出来れば、明日の今頃にはまた趣の異なる『絶景』が私の目の前に広がっているだろう。

歩く軍産複合体は自身を現役バリバリのビジネスマンと称し、安心安全なペントハウスで寛ぐよりも、積極的に危険地帯に足を運ぶことを好む。

そんなことを考えている内に、エレベーターは最上階に到達した。

どうやらフロア全体を貸し切りにしているらしく、箱から降りるや私の耳に入ってきたのは、不自然な程の静寂だった。

レストランの前では、初老の男性が私を待っていた。

ホテルの支配人自ら、私を店内へと案内してくれる。

他に客の姿はなく、洗練された空間にはピアノの生演奏が私と私の見合い相手の為だけに流れている。




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