天才魔法使いは意地っ張りな努力家魔女に恋をする
11話 限界
扉の向こうは別世界みたいだ。にぎやかな街のクリスマスソングも聞こえなければ、道路を走る車の音さえ届かない。普段通りの静寂さがそこにある。
僕は特別本が好きな訳ではない。イベント騒ぎが嫌いという事もない。それなのに、この場所へ来るとホッとする。
ちょっと前に降り始めた雪の冷たさとは反対に、ここは暖かかった。という事は、誰かがいるのだろう。でも、読書テーブルは入口からは見えない。
「ほんとここ、人いないわね。埃っぽいし。授業で必要な時にしか来た事ないわ」
アメリはコートを脱ぎながら辺りを見渡した。
「あ、ああ」
「宿舎の方にも新しい図書室が出来たから、ここはその内無くなるかもね。種類はここの方が多いけど」
「それだと困るよ。こっちにしか来ないんだから」
口が勝手に動く。
「え?ハヤト君ここ好きなの?」
「あ、いや。そう言っている人がいたから」
人が多い所だと、勉強を頑張っているのがバレてしまうからな。
「へぇ、お友達?物好きな人もいるのね。じゃ、探そっか」
「えっ、オ……その人を?」
「は?本だけど。クッキーのレシピ探しに来たんでしょ?」
「……ああ、そうだったね」
しまった。冷や汗が流れる。
「何よ、ハヤト君もしかして天然?かわいー」
「違うんだ。ごめんね」
吹き出すアメリ。僕の頭を撫でようとしたのを、思わず避けてしまう。
「あ、照れてるー。誰も見てないんだから、いいじゃん」
僕にくっつき始めるアメリに、絡ませられた腕を優しく解きながら言った。
「ね、ねぇ、クッキー楽しみにしてるんだよ。早く本探そうよ。僕は向こう、見てくるから」
「分かったわよ。ふふっ、また後でね」
なんとか二手に分かれる事に成功した僕は、レシピ本を探すフリをして、本棚の間を抜けた先へ行って、立ち止まった。
「やっぱり………」
自分にも聞こえないぐらいの声でつぶやく。そこにはいつもと同じように、窓際の席に座り、1人で机にかじりついて勉強するオリビアの姿があった。大きなツリーの横で、寂しそうに黙々と羽根ペンを走らせている。いや、寂しそうに見えるのは、僕の勝手な思い込みだろうか。
そのまま数分、彼女を眺めてしまった。なんだか懐かしさを感じる。ここで過ごした日々を思い出す。そろそろ疲れて紅茶が飲みたくなる時間なんじゃないか。
「ハヤト君?何かあった?」
後ろからアメリが不思議そうに声を掛けてきた。
「あっ、ごめん。ちょっと気になる本があったから見てたんだ」
慌てて元の場所へ戻る。
「もう、脱線しないでよね。それより、レシピ本見つけたんだけどね」
アメリが、本を開いてこちらに見せた。
「見てよ、これ。思ったより難しそうなの。材料だけじゃなくて、はかりとか、オーブンもいるんだったわ。お菓子作りって大変ね……」
「ど、道具持ってないの?」
「うん。ハヤト君、火の魔法使える?」
「いや…使えるけど、クッキー焼く火力じゃないと思う…」
魔法で焼いたら炭になるぞ。
「そっかぁ。どうしよう」
参ったな。材料を買う前に確認すれば良かった。
僕は買い物袋の中身を見た。もう買ってしまったものは仕方ない。本をパラパラとめくって、今あるものでなんとか何か作れるものはないか模索していると、アメリは本から顔を離して適当に本棚を眺め始めた。
「アメリ?」
「……どうしよう、もう夜になっちゃったし…」
チラチラと僕を見てくるアメリに、また僕は気付いてしまった。
きっと、作る気が失せたのだ。材料を僕に買わせた手前自分からは言えないが、僕に言って欲しいのだろう。作るのはやめていいよ、と。またこれか。アメリの、こちらに言わせるやり方は卑怯だ。僕は限界を感じてしまった。
「分かった。もういいよ。お菓子作りはやめよう」
本を閉じる。
「えっ、いいの?ハヤト君、優し…」
「面倒臭くなったんだろ?」
「そんな事無いよ!もう今日は遅いから、しょうがなく…」
「そうだな。だから、もう帰ろう」
「え!?何でそうなるの?別にお菓子作りしなくても、まだ一緒にいようよ!あ、クッキーが食べられないのが嫌なの?だったら、買えばいいじゃない。ほら、有名店が近くにあるでしょ?今からでも並べば…」
「僕が買うんだろ?」
「え?」
「僕はいらないよ。もうプレゼントも買ったし、いいだろ。デートはおしまいだ」
アメリは顔を赤くして怒った。
「何よ!クッキーひとつ買えないの!?」
「買えるよ。でも、僕は君と食べたくない」
「酷い……最低!ケチ!!もう嫌いっ!!」
そう言い残し、僕から買い物袋を奪い取り、怒って図書館から出ていった。
「…ケチ、か」
ため息のような力の無い笑いが出る。
遅かれ早かれこうなっていた事だろう。一緒にいれば好きになれるかと思っていたけど、もう無理みたいだ。今日1日、いや、付き合い始めからずっと、僕は何ひとつ楽しめなかった。アメリが、僕が全て悪いと思っているならそれでも構わない。こう言っちゃなんだが正直ラッキーだ。僕の事が嫌いになったなら、もう僕も好きにしていいよな。
うるさくてごめん、オリビア。静かに会話しているつもりだったけど、さすがに今のやり取りは聞こえていたはずだ。そう思って、僕はオリビアの前に姿を現した。