天才魔法使いは意地っ張りな努力家魔女に恋をする
12話 黄色い羽根ペンを君に
本棚の間から顔を出した僕を、彼女は驚いた表情で見ていた。
「……ハヤト……?」
「やあ、オリビア」
僕はオリビアの隣に座ると、彼女に微笑みかけた。不思議そうにこちらを見ている。学校で会っているのに、随分久しぶりに感じる。
「……ど、どうしたの?喧嘩?彼女…さん?」
全部聞かれていたかもしれないけど、僕は自分たちの揉め事を知られたくなくて、はぐらかした。
「ごめん、気にしないでくれ。それより、今日も勉強かい?」
「え?ああ……うん」
「クリスマスだよ?今日。パーティーとか、行かないのかい」
「私、パーティーは苦手だから…。騒ぐのが好きじゃなくて」
「ふーん…」
僕は窓から外を眺めた。静かだ。雪が降っている。パーティーが苦手で、それで勉強をとるオリビア。僕が遊び呆けている間も、わざわざ人目のつかないこの場所を選んで、ずっと頑張っていたんだな。
クリスマスにまでひとりで黙々と勉強するオリビアが、どうしてかたまらなく愛おしい。
なぜ僕はずっとこの人を放ってしまっていたのだろう。こんなにも頭から離れないというのに。
「…オリビアは欲しいものは無いの?」
「え?私の欲しいもの………?」
「うん。クリスマスといえば、だろう」
僕が尋ねると、オリビアはそうねと少し考え込む素振りを見せた。いつもみたいにそっけなく返されるかと思っていたのに、意外にも素直だ。心なしか、元気が無い。
オリビア、新しい羽根ペンだと言ってくれないか。
そう願っていたが、オリビアは実に彼女らしい答えを出した。
「…あんまり思いつかないかも。しいていえば、モノでは無いわ。私が欲しいのは、結果よ。これでも頑張っているつもりだから、結果が欲しい」
「…君は十分結果を出しているだろう?」
「まだよ」
オリビアは腕を伸ばしてイスにもたれかかった。窓の外を眺めている。
「………でも、今の私では絶対に手に入れられない。まだまだ、あなたには届かない。こんな日にまで勉強していても、サンタクロースは来てくれない。お金で買えるモノなら、簡単なんだけどね。私ってほんと、面倒だわ……」
ああ、簡単だったよ。アクセサリーや服を買って機嫌を良くさせるのは。確かに成績は買ってあげられないな。
君はまた僕に勝つ事だけを考えていたのか?相変わらずだな。でも、様子がおかしい。僕に言っているのかいないのか、独り言のようにつぶやき続ける。
「あーあ、もう、疲れてきちゃったな…勉強は好きなんだけど、最近少し無理し過ぎたかも」
オリビア……どうしたんだ。
「…でも、ここでやめたら、自分がもっと嫌になる……」
僕は驚いた。いつも敵意むき出しで僕を睨み、負ければ怒りに満ちた顔を向けてくるあのオリビアは突然、思い詰めたようすで涙をこぼした。
彼女は慌てて顔を拭っているが、思わず釘付けになる。僕にはその涙が、今日街で見たどんな煌びやかなイルミネーションよりも綺麗に見えた。
「ハヤトは私の努力を尊敬するって言ってくれたけど、やっぱり私は結果で勝負したい…」
「………」
「ダメね。そろそろ潮時かしら。また1位に返り咲こうなんて、甘かったみたいね…」
諦めようとしているオリビアには悪いが、そう簡単にこの土俵からは下ろさせないよ。僕はポケットの包みを出した。今分かった。この瞬間のために、僕はこれを用意したんだ。
だから、そんな弱気な事、言わないでくれ。
「オリビア」
「何?」
オリビアは返事をするが、窓ばかり眺めてこちらを見てくれない。
「君の欲しいものじゃないかもしれないけど…受け取ってくれないかな」
「えっ……」
僕は包みをオリビアに見せた。目を大きく開き、戸惑うオリビア。遠慮しようとする手を取り、無理にでも持たせる。絶対に受け取って欲しかった。
「開けて」
オリビアがゆっくりと箱を開くのを、静かに見守る。気に入ってくれるだろうか。
「君の羽根ペン、もうボロボロだろ。普通科のクラスカラーにしてみたんだ。良かったら、使ってくれないか」
オリビアは黙って黄色い羽根ペンを見つめた後、僕に言った。
「い、いえ、受け取れないわ。彼女さんに悪いもの」
「いいんだ。頼むよ。それとも、気に入らなかったかい?」
やっぱり、いつも君を怒らせるライバルからの贈り物なんて、迷惑だったかな。
「………………いいえ…………」
その時、オリビアは僕の目を見て初めて笑った。自分の成果に喜んだ顔とか、挑発するような笑みではなく、僕に向けた本当の笑顔だ。
「嬉しい……ありがとう………」
オリビアは、嬉しさと恥ずかしさの入り混じったような顔で僕を見た。僕はオリビアの顔を、穴の開くほど見つめ返した。心臓が信じられない程に高鳴る。
「うん……だからさ、諦めないでくれよ。僕を超えるんだろう?」
「ええ……もちろんよ」
僕が応援していることを伝えると、オリビアの顔が明るくなった。いつもの彼女に戻ったようだ。
僕は安心して、その場を離れた。出口に向かう本棚の間を通る。最後にちらりと振り返ると、オリビアはまだ羽根ペンを見つめていた。
凄く満たされた気分だ。いいクリスマスだったな。そう思って外に出ると、目の前に腕を組んで仁王立ちしている、アメリがいた。